そのブログが好きだった。客観的に見ればがむしゃらで、未成熟で、過剰。つんのめっていて、しんどくて、その癖に極度な面倒くさがりを隠そうともしないふてぶてしさもあって、正直目に余るところもあった。けれど、そんな人間臭いところが好きだった。どうしてかな、どうしてあんなに魅力的に映ったのだろう。
私って『刺さる』言葉が好きなんだと思う。理屈じゃないところを刺激されると、たまんなくなる。愛してくれなさそうな男を好きになった時みたいに、快楽物質がどはどばと出る。自らの小ささを自覚されられる、いわゆる『ぐさっとくる』言葉を探して色々な文章を読んでいる節がある。彼のブログもそういう、『刺さる』ものだったに違いない。
とりわけて好きだったのは、彼がゲイナイトに行った時のレポートだ。彼も当時、自身のセクシャリティをゲイだと自認していて、あくまで当時の話だから今がどうとかは定かではないけれど、私はその点に置いてもシンパシーを感じていた。
ゲイナイトって知ってるだろうか。ゲイの人たちが集まるイベントのことで、有名なところでAVALONとか、Shangri-Laとか、AiSOTOPEとかあるらしい。私はageHaしか知らない。ていうか、どれも行ったことがない。なんとなく淫らな感じがするし、出会いの場って感じもして、行ったらどうなるんだろうと思う。誰にも声をかけられなかったらいやだな、とか無粋な事を考えてしまう。行ってみたら意外と、音楽フェスみたいに楽しめるかもしれないのに。(調べたらageHaは2022年に閉館していた……かなしい)
先入観が邪魔をしていたのだけど、ものは試しという気持ちはあった。なんだか大人?って感じがするし、一度くらいそういう過激な場所、行ってみたいという気持ちもあった。
ある日『聞き屋のたぬきち』というブログを開いたら、『ノーパンスウェットナイト』の記事が上がっていた。ノーパンとスウェットって一見意味不明だけど、聞くところによると下半身に下着を履かずに直にスウェットを着た男性たちが密集するものらしい。どうしてそんな事をするのかっていうと、浮き出るから。どこがってそりゃ、ねえ。わかるでしょ?
興味はあったのだけどもちろん行ったことはなかった。だから私はたぬきちさんのブログを嬉々として読んだ。未知なる場所、あたしの知らない世界を、覗き見てやりたいと思った。
読み終わった感じは意外なものだった。レポートとは名ばかりの、小説テイストなもの。入場の仕方を説明してくれるわけでもなければ、丁寧にリンクが貼ってあるわけでもない。ただ自身の経験を筆に乗せて、乱暴に写実したものだった。しかし、どことなく自分と重なるものを感じた。
たぬきちさんは、私と似ているのかもしれない。
そう思った理由はいくつかあって、例えばたぬきちさんが小説を読むことが好きな人であること。最近になってその文章が認められ、新聞で記事を書かせてもらえる機会があったこと。純文学の作家さんに憧れているということ。家庭が貧しいようだということ。……勝手にそういう部分に共感するのって向こうからしたら気味が悪いことだと思うし、不貞な読まれ方を本人が望んでいないということもなんとなくわかる。けれども私は勝手だから、勝手なたぬきちさんの文章に惹かれていた。この人は何をしでかすのだろう。一体これから何をやらかしてくれるのだろうと、ゾクゾクしていた。
駆け足気味の筆致で状況が綴られる。クラブの中の温度、湿度、密度。他人との境界が曖昧な感じ。照明が乱れて、GOGOの肉体が妖艶に光る。巨大なスピーカーから流れ出る音楽は波となって、一定のリズムで心拍と同期する。それらは身体中を這う蛇のようにも感じられ、幾ばくかに不可思議な気持ちを刻むようにしてその場を駆り立てる。隣に触れた熱気は肌を火傷させるほどに熱く、僕らが逃げるべき虚構はすでにここにあって、というよりはむしろこれこそが現実で、さながら悪夢と見紛う現世で。友人とは離れ離れになってしまって、きっと怖かっただろう。それでも『これは大丈夫なのだ』と自分を言い聞かせながら、彼らは暗闇に溶け込んでいく。認められない人たちが自らを鼓舞する場所。そんな劣等感に苛まれて、たぬきちさんはきっと苦しかっただろう。だからこそ彼らのことが憎いと感じて、心底嫌いだったのだと思う。自分に出来ないことを、さも易々と行ってしまえる彼らが。
ブログは錯乱する彼の描写で終わった。私は唐突さと呆気なさに戸惑って、その後しばらくはそれを読んだことを忘れていた。だけどある時から、無性にあのブログのことを思い出すようになった。
たぬきちさんのブログ名は、彼が独自に行っていた『聞き屋』という活動に由来している。たぬきちさんは誰に頼まれるわけでもなく、路上に座り、手書きのダンボール製の看板を持ち、『聞き家』を名乗った。無償で人の話を聞くことが、彼の仕事なのだそう。
無償で、というところに彼の小粋さを感じるけれど、その活動の様子はブログにも記載されていた。ある時はおばあちゃん、ある時は浮浪者、ある時は学生、またある時はゲイの友人なんかも。様々な人の話を聞いて、それに対して何かを提示するとか、そういったことはしたくないのだとも書かれていた。(ここに挙げた例はあくまで私の記憶であって、実際の記述を引用することはできない。だから本人や関係者がこれを読んで「違う」と思っても、そういうことにしておいてほしい。言いたいことは伝わっていると思うから。)
私は活動自体を面白いと思った。お金を目的としていない人間の活動は、全て面白い。たぬきちさんは知れば知るほどに突拍子がなく、行動に一貫性がない。そして『こういうもの』に憧れているのだろうということが語らずとも見えている、愛されキャラ的な部分があった。ちゃんとしようと思っても、本人はなかなか出来ないのだろうということもわかったし、そこが面白くて、情けなくて、なんだか私みたいだった。
彼の収入源は──ここに記載されるのも不本意ではあるだろうけれど──生活保護だった。たぬきちさんはそのわずかな収入で暮らし、その傍で『聞き屋』や、執筆活動をしていた。
読者だった当時は私もお金がなく、いつそういった状況に自分がなってもおかしくはない感覚があった。それに共感をベースにしなくても、生活保護自体に偏見の眼差しはなかった。ただその事実は、たぬきちさんの暮らす世界を決定的に裏付けているとも思えた。
家が貧乏であると殊更にいうと「関係ないよ」と他人が言うけれど、その人は紛れもなく豊かだ。変えられないことを変えようとしないのは、本人が困っていないからにすぎない。
どうしようもなく困窮すると、人は逸脱をする。それまでの自分を捨てて、他人になろうとする。それは本来的に外れた道であるから当然上手く行くことはないし、そこは真っ当な人たちが言うところの"奈落"に他ならないとも思うのだけど、不条理さに抗うために一定の資本が必要なのは言わずもがなで、というよりは何をするにも基盤は必要なのだ。
写真の中のたぬきちさんは生き生きとしていた。ふらふらしている、と言えば聞こえが悪いのかもしれないけれど、そんな状況からでもたぬきちさんはどこか世俗からは切り離されている、妙に他人事なところがあった。思えば空想が好きな人というのは現実に対しての危機察知能力に欠けている節があるけれど、たぬきちさんはそんな『危うさ』を全身で放っていて、だからこそ周りも放って置けないのだろうと思った。もれなく私も、その一人になりつつあったから。
私もどちらかと言うとたぬきちさん側の人間で、だからこそ彼の弱さに共感してしまった。客観性のある人たちにはない何かが、彼にはあるのではないか。青く光る孤独の宝石。節足動物の体液にも似たなにかが、この人にはあると思えた。
私はたぬきちさんのブログを遡ることにした。開設されたのは数年前からのようで、記事のタイトルは模索していたであろう初期の辿々しい感じから、徐々に読み手を意識したわかりやすいものへと変わっていった。短い日記のような文章から、導線が張られたブログらしい文章に。写真なんかも付けちゃったりして、彼は自分のスタイルというものをブログを通して確立していったようだった。
私は純粋に面白さから、彼のことを友人に広めたりしていた。「文章がしっかりしているね」「でしょ?そのうち有名になる気がする」と、訳知り顔で語ったりもしていた。
ある日、『聞き屋のたぬきち』に文学フリマの記事が上がった。たぬきちさんはブログというフォーマットに留まらずに、出版の世界にも足を踏み入れたようだった。出版とは言っても、駆け出しの書き手に出来ることと言ったら自費出版くらいなもので、その中でも比較的始めやすい、同人誌という媒体を選んだようだった。自作の文章を製本し、売ることができる場所。広めの会場には所狭しと本が並び、そのどれもが平積みで、いかにもなフォントの表紙に手書きの値段表、過去作と新作を分けるポップアップなどが写真の中で映えていた。全てが私にとって初々しく、同時に懐かしさを覚えるものでもあった。たぬきちさんはその中で、一際ピュアな輝きを放っていると思えた。
その記事はレポート然としていたので、細部までわかる写真がいくつか載せられていて、私は咄嗟に『顔が見たい』と思った。しかしたぬきちさんはネットリテラシーが高いらしく、はっきりと顔が映っている写真はなかった。ただ遠くでぼんやりと、ピースをしているそれらしき人物だけを見つけることができた。
滲んだ画像を拡大しながら、小さく疼く気持ちが心の中で鳴るのを、見逃すわけにも行かなかった。
後日、たぬきちさんの小説は公表された。ブログ内に全文無料で掲載されて、私はその全てを読むことができた。タイトルは──ここに正確に表すこともできるけれど、あえて省こう──不思議な感じに仕上がっていて、現代人からしたらありふれたモチーフを小説内に逆輸入したことがわかる、ポップなテイストとなっていた。私はどきどきとしながら、その文章を堪能した。
とても楽しそうだ。
たぬきちさんがというよりは、おそらく自分に対しての言葉だ。掌編といっても差し支えのない文章の中に、どうしようもない煌めきが、今にも剥き出しの牙をこちらに突き立てて来そうな、屏風の虎が飛び出てきてもおかしくないくらいのざわめきが、藪の中の蛇が如く、痛烈に訴えかけてくるのを感じた。たぬきちさんの文章は、それほどまでに私にぶっ刺さるものだった。
そして、たぬきちさんは新聞デビューをした。執筆したものが編集者の目に留まり、公式に記事を載せてもらえることになったのだ。内容は生活保護に関するもの。セクシャルマイノリティである自身の身の上話も交えた、かなりセンセーショナルな内容となっていた。私はその記事も最後まで読み、それから深く息を吐いた。才能のある人が、世間に見つかっていく過程。それは見惚れるものであり、美談として相応しいものだろう。しかしながら、私は背筋が冷える思いも感じていた。たぬきちさんの文章はますます満ちて、輝いて、今にも消えてしまいそうなくらいに儚かったからだ。
私はこの記事のタイトルを過去形で書いた。なぜかというと、あのブログは既に失われてしまったから。より正確に言えば、壊れてしまったというのが正しい。とにかくあの瞬間に存在したかつての輝きは、本当の星のように爆発して消えてしまった。
たぬきちさんのブログは燃えた。記事が燃えたわけではなくブログ自体が燃えて、それからおそらく彼自身の手によって閉鎖された。同時期に、あるブログが開設された。
『聞き屋のたぬきちの被害者です』
匿名の第三者により開設されたそのブログには、たぬきちさんを知る人にとってあまりにショッキングな内容が書かれていた。文章から滲み出る筆致には、そのブログの開設者がたぬきちさんの友人であるとわかる、人間関係のいざこざがはっきりと示されていた。
簡単に言えば、たぬきちさんは複数の友人に借金をしているということだった。その借金はギャンブルにより発生したもの。そして当の本人は、借りたお金を返すことなく逃げてしまったのだということ。
ブログ主は非常に攻撃的に、湿度の高い言葉を持ってたぬきちさんに怒りの矛先を向けていた。騙されないでください。こいつリアルで複数人に借金してます。口だけ達者にやってるみたいだけど、最初にブログを見つけて、まさかとは思ったよ。お前だよな?○○。おれらに借りた金も返さずに、自分は作家気取りかよ。新聞なんかで記事書かせてもらって、随分一丁前だな?おれが書いたコメント削除したのも知ってるよ。そこまでして逃げたいのかよ?借りた金返すまで一生許さねえからな。みなさん、頼むからこいつにだけは騙されないでください。
騒ぎから数日も経たずにたぬきちさんのブログは閉鎖された。私はあまりの出来事に呆然としてしまって、それから、どっちなんだろう?とも考えた。たぬきちさんが正しいのか、それとも被害者と名乗る人物が正しいのか。
そんなことが私にわかるはずがなくて、しかしブログが閉鎖されたのを知った瞬間に、『どちらなのか』を考えてしまったことが、幾分か私を戸惑わせた。被害者を名乗るこの人物と自分が、おそらく同種の感情を持ち合わせているのだということにも気が付いていた。この人は、きっと借金を返して欲しくてこのようなことを書いたのではないのだ。
正義。その下で間違いである悪を叩くこと。そこには絶対とされる主義があり、一貫した主張によってもたらされるものだ。今回の場合は、被害者と加害者。その内容は道徳的に許されるものでなかったとしても、明確に犯罪とも限らない。いつかは返すつもりだったのかもしれないし、そもそも本当にそのようなやり取りがあったのかどうかも不明だ。ただ事実として、たぬきちさんの輝きは降って湧いた炎によって瞬く間に消失した。おそらく嫉妬という名の炎によって。
その後のことは何も知らない。たぬきちさんはインターネットから姿を消してしまったし、それから『被害者』のブログは何度か、彼の愚行を暴き立てるようなブログ記事を投稿した。しかしそれも客観的な事実と捉えるには無理やりで、ともかくそのブログ主は、何度目かの投稿の後からなにも発信をしなくなった。
私は跡地に足を運んだ。コメント欄には同様の被害を訴える匿名のアカウントの書き込みがあり、それに対して『被害者』が律儀に返信しているのも読んだ。いずれも匿名で、顔のないアイコンからはその人たちの人となりを察することはできなかった。ブログが閉鎖されたという事実がある以上、彼らの話していることが全くの無根ではないということも薄らとわかった。しかし……私は考え込んだ。
嫉妬していたのは私の方ではないか。
あの場に出くわして、彼の友人や知人として、彼になにかサポートができる立場に居られたとして、彼の支えになることができたのだろうか。邪な気持ちを持たずに、彼の活躍を応援することができたのだろうか。騒動があった後も、彼に対してなんの疑念を持つこともなく、関係を維持することができたのだろうか。
そんなことは考えても仕方のないことで、私は結局のところ、ほとぼりが冷めてからこれらのことをブログに認めている第三者にすぎないからだ。私は他の読者と同じように、事の顛末をただ見届ければいいだけのはずだった。しかし、どうしてだろう?どうして今になって、彼のことを思い出してしまったのだろう。
あの日、確かな輝きがあったのは事実だ。それが私にとっての希望だったのも事実。炎上騒ぎで暗い気持ちになったのも事実。結末を知りたいと高揚したのも事実。だとしたら、私は今でも彼に戻ってきて欲しいと思うのか。今でも文章を書いていて欲しいと思うのか。たぬきちさんとは、私にとってのなんだったのだろう。
もし、たぬきちさんがこのブログを読んでくれたのであれば、私はあの時、あなたの確かなファンだったのだと言いたい。コメントもせず、隠れて読むような卑怯なファンであり、あなたを中傷した人物とも同じようなやつだ。けれど、あなたに勇気付けられていたことも事実だ。不確かな形は、同じような不確かな世界にしか当てはまらないのかもしれないけれど、それでも私には届いていた。またどこかで、あなたの文章に出会えることを祈る。