彼は存在が大きくて、別に大きいとかって理由で好きなわけでは全然なかったけれど、でもそのかすがい、寄る辺しかない感じ、甲斐性、そんなものが当時の僕には魅力的に思えた。彼はいつにもまして方がなだらかで、夢見心地?になるくらいの微睡みを瞳の中に隠していた。夢って、曖昧だから切なくなる。もっとはっきりとしたものだけで世界が出来上がっていれば、僕らみたいな存在は居なくて済んだかもしれないのに。
飄々とすることが一種の美学みたいだった当時、あらゆる価値は敷衍され、行く手を阻まれる困難は、人生の大クライマックスと言う感じで盛大に周りを盛り上げた。音楽は全部最終回みたいだったし、憧れのアーティストは次々と燃えて行った。その炎の中、瓦礫の中にまだ暖かい誰かを見つけて、必死に介護をした。その誰かとはまぎれもない僕なのだけど。
僕は暖かさというものが、温もりと呼ばれる愛にも似たくすぐったさが、当時まだ実感として乏しく、恐らく幼少期に与えられていたものが、なんらかの形で奪われた。それは天使の羽のような、青春時代の鬱屈とした時間の流れや、田舎の閉塞感、周囲の人間の不理解など様々な理由ではあったものの、総じて僕は上手いこと人生を歩めていなかった。なんとなく、ずっと逃げて来た感覚は残っていた。その逃げた先と言うのが案外心地よかっただけで、それは別に天国でもなんでもないのだ。
ものの暖かさに触れる時に、心臓が微かに鳴る感覚があって、それは温度という目に見えないエネルギーが視覚以外の情報として処理されて、情報というのがこの場合正しいのかはわからないけれど、僕には僕の温度が、周りの人間には周りの温度が、それぞれ僅かにだけれども違っていた。そしてどうやら、僕は熱すぎるみたいだった。
大学自体、何度も制作を重ねていく内に掴んだ手ごたえは、例えばホームランをまぐれで打ててもその後続かないように、微かな実感だけを残して全て消えた。例えばアイドルになったあの子と一緒に撮影をした時間や、みんなで鍋を囲った時間、どちらかというと制作そのものというよりも、そういう甘美な時間だけが僕の真実を語っているようにも思えて、でもみんな、あんまりそういう風には感じていないらしく、大学は就職までの修業期間、と割り切っている人もいると思えた。
僕は何度も映画を観たし、漫画も読んだ。小説は……当時まだ文章を書くとは思っていなかったからあんまり読まなかったのだけど、でも色々な文化を精いっぱい吸収しようとしていた。彼は、そんな僕を内心評価してくれていたんだと思う。けれど彼の僕を見る目線というのは、いつも自分が評価者であるという絶対の論理性に基づいたものに思えて、僕にはそれがどこから来るのかわからず、わからないから少し怖いと思った。
誰かの作品講評の時に、僕は最初の頃に、正直にコメントを残していた。悪いと思ったらそう書くし、良いと思ったらそう書く。それが当たり前だと思っていたのだけど、みんなの中ではそれはタブーという扱いの人もいるらしく、作り上げたものになにか言われるのを拒む人もいた。作品は自分の分身だと思っていたけれど、そうではないのだ。恐らく作品はただ作品なのであり、人の手を離れたものなのであり、そこに愛や慈しみがなくったって、別に平気な作り手というのはこの世にいるのだと思った。
恐怖に勝る感情は、愛だと思う。僕はものすごく怖がりで、大きな音がまず苦手だし、夜空も怖い。なんとなくとかじゃなくて、物理的に上を見られない。これは根源的な恐怖感で、幼少期からずっと続いている。大学時代に『逆さまのパテマ』という映画を観たけれど、本当に悪趣味だと思った。空をきれいだと全員が思うという、そこに疑いの無い感じ、そんなアニメ監督を目指すような人間によくある甘酸っぱさが、強烈に嫌いだったのを覚えている。
僕は彼のことの考える度に、怖くなった。それは夜空にも似た恐怖で、大きいものは、怖いのだ。自分が殺されるんじゃないかとすら考えて、でもそんなことは現実にあり得ず、彼は誰に対しても優しかった。嬉しいとか、悲しいとか、案外そう言うのも無いように思えた。穏やかな海の表面を見つめるときの薄気味悪い感覚が、彼を見る時にいつもあって、僕はそんな彼の孤独に触れたい、などと一方的な思い違いをしていた。
孤独。孤独って、直接は目に見えないし、触れない。けれど確かにそこにあるってわかる深い闇のような立体感のある感情で、感情……現象?もっとよくわからないのは、孤独を抱えた人の身体ってもの凄く熱いのだということ。なぜだかはわからないけれど、触ると火傷しそうなほどに熱いのだ。羽虫がそのテロメアを高速で消費しつくす仕草。
僕にもそんな焦燥感が常にあった。周りはなんだかのらりくらりとしていると思えたけれど、きっと周りもそうだったのだろう。みんな、表面と裏面を使い分けているのだと今は思えるけれど、当時はそんなことに気が付かず、剥き出しなのは多分僕だけだった。
甘酸っぱい、焦燥感。何者かに成りたい人が抱える病気、普遍のアレルギー、突発的な発作症状。こんな病気じみたものが社会で『青い』などと評されていることも僕はよくわからなかったし、青くないだろう、と思う。どっちかって言うと赤いし、その赤は闇のように深く、ダークトーンが混ざったしみじみとした赤色なのに。
彼は、青の人だった。纏うオーラが目に見えるって人がいるらしいけれど、色に例えるなら青だった。知的な色、美しさと静謐さが重なった色、どこにも居場所がない色。
僕らはWIIで遊んだし、それからなぜか僕は彼に卵焼きを作って貰ったりした。あとは、なんだっけ。遅刻癖を直すようにって目覚まし時計もくれたっけ。その度に僕はぬか喜びして、恋愛ごっこができるとか、彼が自分に好意を持っているとか、酷い思い違いをした。その一喜一憂さは、きっと彼には生涯持てないものだったのだろうし、そんな俯瞰できない僕の痛々しさが、彼には生臭く映ったのだろう。でも、人間のくささというのはすなわち魅力なのであり、彼はどうしても、僕をその辺の雑草として見ることはできないようだった。いつも、視界の端には一人でいる彼が見えていた。
「お前って友達多いよな」
一度だけ、そう言われたことがある。多くないよ、なんで?とその時は思った。けれど今思い返してみると、僕は友達が多かった。というよりは、友達を作りに大学に来ていた。居場所を探しに。一生、ここに居たいって思える空間作りに邁進していた。そんなのは社会に出てからやることなのに、僕は背伸びなのか背曲がりなのか、その辺はよくわからないけれど、でも精いっぱいに周りの人間を楽しませようとしていた。それが、彼には眩しく映ったのかもしれない。
僕らは何度か不貞行為をした。けれどそれらはほとんど僕が一方的にしかけたもので、別にどうでもいいはずの気持ちでしかないはずの気持ちが一つに重なるでもない重なりに悲鳴を上げる運命的な劣情をしたためる感性のよりどころが果てしなく続く、続く、今も。どうしても。そんな風に周りを解釈したとしても僕らは結局一つになることなんかできなかったし、お互いに何か気になるなとは思っていたとしても、その気になりが僕らを結びつけることはなかった。なんどか彼のペニスをしゃぶったけれど、でもそんなのだって、別にどうでもいいことなのだと思う。
愛の灯を最後に観たのはいつだったろう。彼の瞼の傾れ行く線の一部に自分がなりたいと思ったのはいつだったろう。いつだって僕は後悔することを避けていたし、未来に向かおうとしていた。けれど悲しみはいつもすぐ後ろに居て、僕が少しでも気を抜くと背中に覆いかぶさった。お前にはなんにもできない。全員から嫌われているって、悪い言葉が頭の中で響くものだから、僕は前につんのめって、悪いことをなにも考えないようにしていた。良いことだけをしていれば、人間は良くなるのだと信じていた。
実際は──人間に良いも悪いもなくて、やるべきことをやる器に収まるために、あちこちで原子のぶつかり合いをしているだけで、そんな科学的な当たり前を、僕はマクロの世界では違うと思っていた。人間は特別なのだ、と思っていたかったけれどどうやらそれは違っていて、やっぱり原子は正しいのだ。僕らを構成する最小単位は、クォーツなのか、それとももっとミクロななにかがあるのか、そこは科学者の役目だからわからないけれど……そんな最小単位のほんの機嫌で、僕らは互いを好きになったり、嫌いになったりする。くっ付いては離れる、分子の運動そのものみたいに。
元からそうなっていたのだと思う。太古の海で、生命の素になる物質がたくさん混ざったスープが、攪拌されていく内に、そこに意識が宿った、なんて話があるくらいには僕らにはなんらかの意思がある。けれどこの意思は、進化の過程で生存戦略に必要だったから生まれただけで、別に意思が尊いなんてことはない。僕らはただ、その方が都合がよかっただけだ。意識なるものが判断めいたことをして、肉体を動かしている『かのように』見えれば別にそれでよかったのだ。それに、現代の情報過多が相まって、訳の分からないことになっている。と言葉ではそう説明しても、結局僕には意識があるし、それは肉体という檻から出られないし、相変わらず彼のことが好きなまんまだった。一生好き、たぶん、血肉になるくらい。
好きって随分一方的な感情で、でもそれは、たぶんだけどシンパシーなのだ。この人は、私と似てるってどこかで、なにかが思う。それに身体は支配されて、メロメロになる物質やとろとろになる液体を放出しろって、僕らに命令をする。意味不明だし気持ち悪いけれど、人間がそうなっているってことを肯定しないと、生きること自体が難しくなるし、でもそれが支配じゃなくて、なんらかの善的行動であれば尚よいって話なのだと思うけど。
でも僕は、そんなことよりも彼と一つになりたいとか思っていた。僕の中の分子が囁く、独善的なパラダイムシフト。
ある日、僕らは再会した。もう会うことはないかと思っていたけれど、あっさりと、なんの前触れもなく彼は何度か僕の前に現れた。すごく優しい、というかいくらなんでも優しすぎる表情をしていて、この人は既に亡くなっているのか、僕は亡霊を見ているだけなのかって思うくらい、妙に悟った表情をしていた。けれど相変わらず喋ればかわいいし、僕にも優しいし、みんなにも優しい、そんな彼の当たり前の仕草は全然変わっていなくて、なんでだろう。なんか切なくなった。僕は彼のものになりたかった。彼が自分のものに僕のことを選んでくれることを期待していた。
みんなで雑魚寝をする瞬間に、僕は彼のパンツに手を差し込んだ。彼はきっと、いつも気付いていたんだろう。僕が意図的に彼の近くで寝ようとすること、彼が寝ている間に身体を触ろうとすること、全部知っていたんだろう。知っているくせに、黙っていた。寝息一つ立てない人間が寝ているわけがなくて、その瞼をひん剥いたら、そこには瞳孔の開いた彼の瞳があるに違いなかった。
手の感触だけで、手掛かりを見つけていく。崖の表面にピックを指す人も、こんな感覚なんだろうか。取っ掛かりを見つけ、手でそれを包み込んでいく。僕はどきどきして、緊張して、死ぬ寸前くらいに膨張して、生臭い肌の香りがして、それでもなんか虚しくて、こんな風に接触するしかできない僕らは、なんて孤独な生き物なんだろうと再確認した。
早朝の光が窓から零れ、誰かのいびき声も聴こえる中、僕らの時間だけが止まっていて、彼は、彼の全ては、そこにあった。ほの明るいくらいの彼の吐息が、僕全体に伝わって、僕は手の中で固くなる彼の気持ちに、ほんの少しだけ淡く触れた。
一生忘れられない光景が、まだ僕の中に焼き付いていて、それは大学時代によく夢精をするようになってから、何度か見た景色だった。僕はバオバブの木くらい大きなペニスを口いっぱいに頬張り、そのペニスが躍動する瞬間に必ず夢精した。して、汚くなった自分のパンツを洗面所で洗う時に生きてるって感じがした。僕はまだ死んでない。身体はがりがりだったし、魂も別にきれいじゃなかったけれど、でも僕の身体は必至に生きようとしていた。それはえろい夢を見てハッピーとか、そんなものじゃ全然なくて、ただ必死に生きようとしているその前のめりな感じが、全ての欲しいものを得られない原因だっただけだ。けれど、他にどうしようもなかったんだよ。僕には、僕のやるべきことをやるしかなくって、それが彼とほんの一瞬だけ混ざって、すぐに分離したってだけの話しだ。
せめて精液飲みたかったとか、今でも本当に思っているし、でもそんなことしなくても僕は今やるべきことを見つけられていて、でも肉欲とか……いや、実際肉欲だからきれいでもなんでもないんだけれど、ああ、浅はかな若き日の失敗で、片付けられないって思うから、思うから、僕は何度も歌ってる。ここで、あの日のことを思い出しながら書いている。
あの日の、彼が起きていたはずだと思う僕の心理と、彼が僕と混ざることを理性で拒否したあの瞬間、全てが明滅して、果てて、なんか全部要らなくなってしまったんじゃないか。愛とか、夢とか、人間に希望を持たせる全てのものが別に要らないんじゃないか。そんなことよりも金とか、風俗とか、もっと実直に人間を突き動かせるものだけあれば、僕らってそれだけでいいんじゃないか。
全部嫌味、だけれども僕は今も生きてて、一瞬死にかけたのも全部糧にして、今日も、明日も、その次だって勝手に生きていくのだ。思い出は、全て儚い。それはもう既にそこには存在していないからという、網膜に焼き付いた光の感覚みたいな、ごく当たり前の価値観にすぎない。僕はそれを今も夢見ている。時折、彼が戻って来るんじゃないかと期待している。そんな期待は無意味で、僕にはもう過ぎた過去を、過去として処理するのではなく、未来に転化するためのシステム、それが表現なのであり、そのために彼は居たのだと、勝手に解釈するしか存在理由を見出せない。
愛はカルキ臭のする心臓で、そこから流れる血潮が僕らに勝手な役目を押し付ける。いつにも増して孤独だとか、寂しいとか、あの人なら自分のことをわかってくれるんじゃないかとか、そんな淡さが、憎たらしくて、でもだからって壊していいわけじゃない。そんなことわかっていたとしても、壊したい人の気持ちはそこで壊れる。
「よそでやればいいじゃん」
迷惑掛けないならいいけど。と彼が言っていたのだということを友達づてに聞いて、なんだと思った。そんなことかって、そこで僕の幻想はある程度壊れて、だから僕は実在しないノスタルジーにいつまでも執着している。それを辞めたいと思うのは、なんでなんだろう。別に過去に縋って生きてる人なんて沢山いるのに、なんで僕は、それじゃあだめだって思うのだろう。
それはきっと、愛が形であるから。愛は本質じゃなくて、形容じゃなくて、ただなにかを入れるための器になるものだから。人間はその空洞の中に、知的な希望を見出すのだ。サモトラケのニケの欠けた両腕のように、不完全さに、好意を抱く生物だ。
僕は完成されていない。これからも、いつだって、未完成のままで生きてる。きっと彼は、最初から完成されていたんだと思う。欠けた部分がなくて、ないことにきっとないものねだりをしていたのだと思う。僕にそれを見出してくれたのであれば嬉しいけれど、これも錯覚でしかない。結局僕は、偉大な彼の元で迷走し、困惑させ、周囲に迷惑を振りまいたガソリンみたいな生物だったのだから、石油みたいに誰かを躍動させることで、今後も生きていくのだ。生きていくしかない、と大人になった今では思う。