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大物がいる水面の波打つような必然

私の大学には二人の天才が居て、一人は私だったのだけど、もう一人は別格だった。その子は意味もわからないくらいに作り出すものがきれいで、そして意味も分からないくらいにだらしなかった。色んな意味で、他人を怒らせるのが上手で、恐らく本人は意図していないところで、他人の身の毛をよだたせたり、あからさまに神経を逆撫でするのが本当に得意で、得意というか本人はそれに苦しんでいたのだろうけど、私はその子の作るものの深淵、その刹那を垣間見て、ああ敵わないなと思った。せっかくデザイン専攻に入学したのはいいけれど、私は入学約一か月ほどでデザインの道を進むことを辞めた。

 

入学当初は本当に世界が変わったようで、周りとの話は合うし、田舎で燻っていた自分にとってはなにもかもが未知数で、清々しい春の陽気に当てられたのも相まって、私は桜が生い茂る古びた校舎の前で踊った。比喩じゃなしに、本当に全てにわくわくしていた。これから自分の人生が始まるんだなどと、若気に至る若者の多くが罹患する流行り病に、私もつい掛かってしまった。

 

私はファッションセンスが致命的になかった。というよりは、お母さんにいつも買ってきてもらっていたから、自分で服を考えるセンスを養わずに大学に来た。すると、どうだろう。周りの人たちはすべからくおしゃれではないか。なんというかお化粧もして、もちろん私のようにまだ高校生らしい風貌の人もちらほらいたのだけれど、一年目の夏休みを終えるとみな服装ががらりと変わり、大人らしくなっていった。バイトも始めて、自分なりの生活を謳歌しているようだったけれど、当の私は服に気合を入れ過ぎていて、当たる時もあれば、外すときは強烈に外すということを繰り返していた。いつもそうなのだ、まぐれで本物を掠めることは今までも度々あったのだけれど、私の場合それが腹の底に落ちていないので、今のなんだ?と手のひらを見て思うだけで、それが私の能力によるものなのか、偶然によるものなのかその辺が理解できないままにがむしゃらにやっていた。おかげで散々恥をかいたのだけど、でもファッションセンスは大学後半ともなると多少マシになっていった。

 

その子は、最初から何もかもが上手かった。作るものはほとんどクラスの一位か二位を取っていたし、他人には見えていないルールがその子にだけは見えているみたいに、先を越していた。私は特にその子に嫉妬することはなく、せっかく大学に来たのだから吸収できるものは全てしようと、その子の制作模様を間近で観察した。その子はまず、執着がすごい。自らの完成形に近づけるどころか、そっくりそのまま完成形を出力するまで、徹底的に手を抜かない人だった。寝る時間を削って、服装とかも正直私よりもファッションセンスが無かったし、ところどころ小汚かったけれど、でもその子には『丸くなろう』という感覚が皆無のようで、みなその子の風貌の汚さからその子のことを舐めていたけれど、私は単純に尊敬していた。この年齢でここまでのクリエイティブが出来る奴がいるのかと心底驚いていた。

 

例えば、その子は物を作るとき、独特の定規を持ち合わせている。まず手のひらを外側に向けつつ横に倒し、片目を瞑り対象を隠しながら見つめる。それで、何秒か経った後に「ないほうがよくない?」と呟く。これは制作物に無駄がまだ削がれていないことを彼なりに確認するための儀式だったのだけど、自分の成果物にだけ言うならまだしも、他人のものにまで平気で口を出すからその辺りは普通に嫌われていた。けれど私は、その子に言われたことを鵜呑みにし、実際に消してみると本当に画面が映えるのだから感動した。

 

また、その子は細部への執着が凄まじく、フォントの0.1mmのずれすらも許さなかった。見て、「右の方が良いかな……左かな……」というのを冗談じゃなく一晩中やるので、個人の課題なら好きにしてくれって感じだったけれど、チームプレイでそれをされるとたまったものじゃなかった。早く段階的に作って行かないと間に合わないというのに、その子は任せたロゴ制作をほっぽりだして、ひたすらに椅子を作っていた。しかも、当日のプレゼンは暗がりでほとんど誰も気にしないような椅子の表面の出来栄えを、まるでスティーブジョブズが初代アイフォンに込めた熱量のように凝視し、観察し、徹底的に自分のこだわり通りになるまで時間をかけ続けた。その頃になると私も、その子から吸収した物以上にその子の生活態度に腹が立ち、ブチ切れて論理で詰めに詰めまくった。その子は泣いていた。影で、しくしく泣いていたけれど勝手に泣けばいいと思った。自分本位でやるからにはみんなをリードしろと、私はその子に本気で怒ったのを覚えている。

 

大学時代は言ってもかなり規模の小さい課題だから、その子の才能にみんなが気付いているというわけではなかった。むしろその子は舐められ、どちらかというと地位の低いポジションにいた。何事も学校生活というのは評価されている人が優秀では必ずしもなく、結局学校側のものさしを飛び越えた、純粋な才能というのは評価よりも前に居場所を無くすし、そういう人って大体その他の能力が犠牲になって一点に集中している感じなので、周りは出来ていることに嫉妬し、出来ないことに優越感を持つ。私は入学当初こそその子を尊敬していたものの、時間の流れとともに周りの空気と馴染み、私は平穏さを取り戻した。その子はずっと、孤独の中に居たんだろう。

 

大学卒業してからは数回会ったくらいで、その子とはほとんど連絡をとらなかった。私はというと、大学自体にぬくぬくと安寧を大事にしてしまったおかげで就活を派手に失敗し、人生のどん底をさまよっていた。職を得てもすぐに首になり、その度に「残念」という周りからの評価を受けて、本気で死ぬことも考え始めた。けれど私には当時大学時代に培った周りとの絆や、掛けてくれた暖かい言葉などがあり、それらは必至にか細い私の生をなんとか現世にしがみつけているみたいだった。私は本当に、やるべきことを見失っていた。

 

そんな中、その子が転職をすると言う話が参り込んできた。その転職先は超有名大企業だというのだから驚きだ。中途入社は今までの実績を見られるらしく、その子は既にデザインの賞も受賞しており、その詳細はデザイナーを辞めていた私が聞いても凄さはよくわからなかったけれど、その子はどんどん人生のスターダムを駆け上って行っているように見えた。私はその子に前も言ったけれど、嫉妬することはなくて、ただ迷惑な部分を直して欲しいと思っていただけだった。だからその子の転職を祝う会にその子がきた時に、少し小綺麗になったその子の服装と、相変わらずにハリウッド映画に出てくる子役じみたあどけない表情を浮かべるその子を見て、ああこの子はもう大丈夫になったんだな、と感慨を得た。

 

その会ではマンションの一室を借りて、みんなでピザやたこ焼きを作ったり、広々としたリビングで囲ってゲームなどをしていた。その子は本当に口うるさく、ゲームで自分が負けるたびにゲームの構造上の欠点、あるいはゲームそのものの存在理由に懐疑的姿勢を示した。

 

「だって、これ、ずるじゃん。ないほうがいいじゃん」

 

うるさいな、と思った。そのゲームはswitchで人気のインディーズゲームで、動物のキャラクターを操り、道を作ったり壊したりしながら自分だけが一番を目指すゲームなのだけれど、私はゲームの良しあしなんてさっぱりわからなかったし、面白ければええやんとしか思わなかったものだから、その子が逐一文句を言う様を見て、大学時代に本気でキレたタイミングを思い出した。その子はいつまでも、その子のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能とは、どのような形で発現するのだろう。それは僕らが想像できるようないわゆる少年ジャンプ的なすごみや、完全無欠感で現れるわけではない。むしろ、才能を持った人というのはそれ以外が完璧に欠落しており、それを埋めて凡人になるか、それを埋めずに周りに迷惑を掛け続けるかの二択しかない。大学時代の私は埋めて凡人になる道を選んだけれど、その子は埋めなかった。今思うと、私はその子のことを痛く尊敬する。あんな風に周りにからかわれても、自らの意思を貫き通す信念、そしてその類まれなる審美眼に、畏敬の念を感じてやまないのだ。私はデザインをやる人ではなかったけれど、しかしデザイン専攻で培ったものが今も生きているという感覚はあって、それは身の回りに人間が作ったものが溢れているから。充実した『当たり前』の世界で、僕らは生きてしまっているから。

 

「良いデザインって消えていくことじゃない?」

 

その子は何度もそう言っていた。良いデザインとは、つまり主張しないこと。主張をするものはその子の中では=でデザインされたものではない。デザインとはすなわち気配を消すことであり、優れているかどうかすらも、違和感がないものだから気付けない、むしろ違和感を与えるものとして敢えて設計されたデザインも中にはあるが、それすらもよいものというのは違和感が出る理由がデザインの力によるものだと、観る人に気付かせない。そう言った良さがあるのだ。

 

私は、羨ましかった。消えていくものに本気で力を注げるその熱意に、夢中で楽しそうに苦しんでいるその子の姿に、なんだか慈しみすらも覚えた。しかし、私はその子が言うことを正しいとするならば、むしろ逆のことをしており、良いものとは『残るものだ』と考えている。それは私自身の香りが成果物にたっぷりと出ることを目的としており、デザインとは対極の、むしろアートの領域の人物なのだと自負している。

 

そう、私の大学には二人の天才が居た。デザインと、アート。その両端の気が触れた人物によって、本来段階的に進むはずだった周囲の技術力は飛躍的に向上し、しかしデメリットとして精神をみな病んだ。出来るはずのことができなくなり、就職も、本来みなが進むべきルートはもっと自由だったはずなのに、最後は居心地が悪い空気が残り、みな中途半端な、半分失敗と思えるような選択しかできなかった。これは、私自身は申し訳ないと思っているが、しかしその子はたぶん悪びれもしていないだろう。

 

私は自分がなぜ、尖りを捨ててまで丸くなろうとしたのかを考えている。それは理由を付けようと思えばいくらでもでき、というか過去なんて全て勝手に決めた理由でしか存在していない。私が『そうだった』と決めればそうなのだし、決めなければそうではないと言うだけの話しで、そこに根拠も何もなく、お前なに自分が天才だっつってんだよという周りの意見があったとしても、私がそう思っているのだからあなたが口を挟むべきことではない、と一蹴する。ともかく、私はやっぱり後悔しているのだ。あの時その子と出会わなければ、まだ自分にはデザインができるという錯覚を抱いたまま、上手く大学側の望む進路を歩めたんじゃないか……こんなことは考えても仕方のないことで、結局私は理由付けをしたいだけだ。その失敗に、なんらかの意味を見つけ出そうとしている。

 

恐らく、私が今不満を抱えた場所にいるのは、世間の普通の感覚を知れということなのだろう。例えば私がもし、尖ったまんまでその子のように恋人も作れず、服装も汚いまま、生活リズムも破綻したまま、クリエイティブだけに人生を注ぐようなことを仮にしていたとする。それは割と恐ろしいことで、私にはそんなことは絶対にできない、というよりしたくない。私はみんなの気持ちがちゃんとわかる、尖った人だから。

 

わかりたかったのだ、周りの人のことを。そして、わかってもらいたかった、自分のことを。それしか理由は考えられず、だから私は大学時代、自らの才能をドブに捨てるようなことをしたのだ。何万円も費やしたポートフォリオを提出もせず、ベッドから出られずに二次試験をバックレたことだって、必要があってのことなのだ。私はきっと、まだ社会の上に昇るべきではなく、下の方の景色を見なさい、と誰かがそう告げていたのだと思う。

 

その誰かとは、まさにその子のことだ。水面に泳ぐ巨大な魚影が、その存在だけで釣り人を萎縮させるみたいに、その子はきっと大学時代に社会の下の方を見つめ続けていたのだ。そして私は優雅に、釣り人かの如く空気を吸っていた。明るい午後の日差しに、ウクレレでも弾きながら、牧歌的な生活を楽しんでしまった。だからこそ私は、釣り上げたその子に食べられて、水中へと引きずり込まれた。

 

そのことを、今は良いことだと思っている。才能に食われてよかったと、本気でそう思っている。慰めではなく、私にデザインの才能がないと、その子がはっきりと示してくれたおかげで、私はある意味では凡人の道を進むことができた。そこは凄く居心地が悪く、私は何度か発狂したりもして、正直今だってこれからどうなるかなんて全く分からないのだけど、でも確かに言えるのは、その子は僕に正しい道を教えてくれたのだと言うこと。

 

神様みたいな人だったのだろう。神は、人間のことをどうとも思っていない。神が作った造物こそが人間なのだから、作ったものの機微など、いちいちお伺いを立てたりしない。乱せば罰するし、出来れば褒める。私は、その子にそんな風に教えて貰えたような気がしていて、本当はもっと出来たかもしれないとか、色々なことを思うのだけどでも、助けてもらったくらいには感謝している。

 

間違った道、正しい道。そんなものは出来上がった道を穏やかに進もうとする人間の抱くずるい気持ちでしかなく、本当の道というのは道なき道だ。藪の中、毒蛇の沼地、巨大なドラゴンの住む洞穴、天上界への階段。そんな風に本来道というのはコンクリートで舗装された歩きやすいものではなく、もっとごつごつとしたものなのだ。自らが切り開いていかなければとてもじゃないけれど進めない道。逆に言えば、自分が進んだことによって他の誰かが歩きやすくなる道。

 

私はたぶん、道を開く人なのだ。その子もきっとそうだ。だけど僕らはデザインとアートという隔たりを持ってしまっているから、互いに交わることは多分もうないのだけど、でも私にとってのその子は私であり、その子にとっての私はその子であった。魂って双子なのだ。もう片方は案外簡単に見つかったりして、案外その人の側に居たりもする。

 

私には色々な魂の片割れがいて、今友達の子もそんな風に思っている。この子とはもしかしたら、同じ腹の中に居たのかもって、そんなわけないのに、そう思ってしまうのは私がおかしいから。と言う考えは至って凡庸なものの考え方であり、私はもうしない。私がおかしいのではなく、私はまだ誰も見たことのない景色を進んでいるから。私の進んだ道を実際に進んでみないと、私がどんな風景を見ているかなんて誰にも、絶対にわかりっこない。

 

そんな風に、ゼリードームの中を進む孤独な働きアリのように入り組んだ、うねうねのあらゆる道が折り重なっているのが人間社会で、私はみんなに届くための言葉を手に入れるために、”敢えて”丸くなろうとした。結果大物に食べられてしまったのはあるのだけれど、食べられた後でも私はお腹の中で消化されなかった。巨人の胃の中で能力に目覚めたエレン・イェーガーのように、私はその腹を突き破るための力を既に得ている。

 

それが何の力なのかは、みなさんも察するところなのだろうけど、たぶん言葉だ。私は、言葉の人なのだ。言葉で世界を切り開き、そして言葉で世界を信じる人。そんなきれいごとすらも本当にきれいにしてしまえる魔法を言葉に宿すことができる人。錯覚ではないスリルを、錯覚である言葉から作り出せてしまえる人。だけど、私がそう思っても信じる人は少ないだろう。だから、信じるまで続けるし、仮に世界中の人が私を信じてくれなくても、私は書き続ける。わかってもらおうとすることは既に私の目的ではなくなったから。私はかつてその子が道を切り開いていた時に、信じていたものが自分の感覚だけだったことと同じく、感覚を信じている。この手探りで掘り進める作業は途轍もなく長かったのだけど、ようやく地下水脈に辿り着いた。後はこの資源を、上まで運ぶだけだ。

 

いつかその子と再会するときがあれば、私は今よりももっと社会的な活動をしているだろう。そして二人で酒でも飲みながら、またゲームをするのだ。その子もきっと、もっと違う景色を見ているだろう。そして二人で小競り合いをしながら、私はまたこいつうるさいなあとか思って絶対嫌いになるんだろう。人間ってそんなものだ。