あの天使はささやかな春めいた日差し、日差しのわけもなくうららかな午後、日暮れに用いた爛漫さを振りまいて、紐解いて、連打した。ゆえに愛はさざめく波のはるか上空にいつも夢にみた楽園を呼吸を刹那をたらしめて、掻き消して、連投する。インスタグラムのストーリーに天使からのラブコールが鳴り、僕はそれ見る。見て、駄目だと思う。僕はこんなんじゃ天使に顔向けできない、天使は天使だから。天使は天使じゃなかったら他のなににもなれず、それは悪魔だって同様で、か細い。凛とした血管に浮き出る青と赤の筋は錯乱、こだまするロンリーガールの成れの果て、運命って紐解くからいいのに、あたしはそれを悲しく思うの。運命ってそういうものでしょう?
その天使は今も天界から降りてきて、人々を魅了している。人間なんて眼中にないという独善的なナルシズムを振りまきながら、その圧倒的な知性と、気迫と、才覚で人を焼き尽くし、焦がせ、焚きつける全ての熱情が、アポテイストってどんな言葉だっけ。振り乱して、天使は階段から降りて来た。まるでその日が世界創生の一日目だとでもいうように。
天使はふりふりのレースにぴかぴかのドレスが巻き付いた、しかし至ってフォーマルなロングジャケットの出で立ちで、なんというか性別がこの世に二つだけって呟いた首相に、これを見せてあげたいなとか本気で思うくらい、全てを超越していて、かっこよくて、でも僕にはあたしにはそれって特になんのことでもないと思うの。
夢だから。意味がなくて音で繋がっている世界で、天使は音ではなく意味で生きていた。この世界が例えあからさまに夢見たく終焉したとしても、天使は一切の感情をそこに表すことはないだろう。なぜなら美しさとはわからなさだから。天使の持つきらめきや輝きによって人々が魅了されても、それは天使の預かり知るところではなく、ゆえに天使が呼吸することは天使としてのただ些細な生の断片に僕らは触れるわけなんだけど、あたしはそれでもいいと思っていて、天井ってみるから見えるのなんだか不思議。
天使はいつも天井を見ているらしく、僕はそれがただ不思議なことを言っているのではなくなんらかの本質を突いていると思えた。天使は自撮りなのか、他撮りなのかそのあたりが曖昧なランダムな一呼吸の味わい深いランデブー、逃避行、続けて天使はそういうものをよく僕らに見せてくれていた。あたしはそれを見てなんだか自分のことみたいに思えて、行き届くのは嬉しさ、痒いのはこそばゆさ。猛烈なる感情がときめいて、天使に会いたくなった。でも僕は会うなと言った。天使は天使さゆえに、僕はその光に君はその熱に焼き尽くされてしまうよって言った。あたしは引き留めなかった。僕はそれをよしとした。曖昧な二重線のらせんを潜り抜けて、僕らは天使の住む楼上に駆け込み、そこで、ある種この世の創生にも近い普遍のかじかむ青い手首の燃ゆる火の名月に漂うあの、刹那の、価値観の、相似をみた。みて、絶句しかけた。
天使のステージは、もういくつかの嬉しい出来事の次の次くらいにあって、天使はそれでも天使だったから、僕はそのステージの前にいた、かわいいあの人のステージに夢中だった。本物を初めて見た。顔小さい、声かわいい、手の動き可愛い、服がキティちゃんだ!嬉しくて、でもそのうれしさがもしかして本人に届いてしまうのではないかと思い、なるべく自粛しようとする心構えが退屈で、でもそんなことよりも身振り手振りのかわいいその人を見た。見て、ドライブした、掻い摘んだ。ラッキーって、語尾に音符が付きそうな甘ったるい時間の中で、彼女の醸すオーラは薄桃色で、ピンクが好きなの羨ましくて、続投。いつにもまして僕は早口で、早口だったから勢いのあまり転びそうになって、でも他の人にぶつからないように気を遣う僕は優しくて、あたしはそんな優しさを卑怯だと思って、あの人に成りたいと思った。なって、天使とも仲良くしたかったし、っていうかあたしは、僕はいつだってなにかになりたくて、そのなりたさに疲弊して、インスタグラムを見られなくて、全員かわいくて、大好きで、だからこそみんな死ねば良いと思っていたし、でもあたしはそんな理想にいつか辿り着くための今の寂しさを受け入れがたい孤独をちゃんと受け止めようって決意したしそれを他人にどう思われるかとか、全然知らなくて、知らなかったからないことにした。僕はそれをじっと見つめた。
彼女のステージは昔に流行ったアイドルをそりゃ夢中に楽しそうにDJするただそれだけだったのだけどそれがすごくよくて、僕は一気に彼女に夢中になった。人を引き付ける才能を生まれながらにして持った天使は、その役目を人間界に降りてするのだと思ったけれど、天使の持つ荘厳さとは違って、彼女はごく自然に人間が持つ可愛さを、一切の背伸びをすることなく出し尽くすと言った具合に、面白く、魅力的で、とても些細な一挙手一投足にもう僕は吹き飛びそうになったし、あたしはそんな彼女に憧れた。羨ましいと思ったし、でか美ちゃんかわいい。でか美ちゃん大好き。でか美ちゃん最高。ずっとそのままでいて、あたしを置いて行かないで。
僕らはいつだってこの世が昼と夜を繰り替えすのと同じで、ハートフルな唐栗毛を最高にハッピーに仕立て上げるその祭りに、つまりオールナイトの言い換えに参加していた。逃避行なのか向き合い過ぎてロンリネスなのかその辺はもうわからないのだけど、わからないなりに僕らは自由で、人間ってわかりあえないから美しいんだって、傷の舐め合いに固執して、でも頑張ろうとか思えて、生きてるだけで丸儲けとは一切合切思わないのだけど、ほとんど致命傷な僕の傷を、あたしはとてもやさしいと感じた。
サンリオピューロランドのオールナイトイベントは、ここ最近毎年ハロウィンの時期に開催されている。キティちゃんとクロミちゃんの誕生日にちなんで、開催日が選ばれているのかその辺りは詳しい人に聞いて欲しいけれど、でもそのハッピーでワンダフルなときめきだらけのイベントに、私は御呼ばれして、したから行った。行って最高だったから大好きになった。
会場に付いたら全部がピンクやオレンジや水色や薄紫いで構成されていて、黒がほとんどなくて、その全部の明度彩度が整えられた色彩はまるで夢の国というか、コンセプトがたぶんそれなのかな?そんな感じの本当に幸せな世界に彩られていて、私は途端に大好きな感情が露骨に恥をかいて許されざる本来の瞼に味わういくつもの光、光にも似た救い、救いだって。でも、生きていてよかったと思った。こんな景色を見られて、大好きな友達と一緒に過ごせて、それだけでよかったんだもの。あたしはそれだけで全部幸せで。
地下に降りていくエスカレータにもわくわくが詰め込まれていて、普段ピューロランドは昼にしかやっていないんだけど、オールナイトイベントだけ深夜に開放される。もちろんアルコールなんかも売っているから未成年は入れないんだけど、その危うい感じ、なんか美大祭みたいで、それもなんか相まって、なんかなんかの気持ち尽くしで、あたしは波乱を読んだし、僕はそれを愛おしく感じた。カニさんがとことこ歩いていたし、さかなさんはぴょんぴょん泳いでいたし、メルヘンで幸福な世界は誰にも傷つけられないで欲しかった。僕はそんな風に思うことがひとえに嬉しさを持ち出す悪魔にも感謝するほどの劣悪なごく繊細である勢いの魅惑。魅惑が蠱惑でもなんら違和感のないくらい、なんか素敵すぎて事件置きそうなピューロのお城を堪能していた。味わって、「がみにゃん絶対好きだよ。なんか怪しいから」と言っていた友達の声に本当にそうだなと思った。
私は薄暗い空間を抜けて、老若男女が入り乱れる中央のホールを見上げた。空にはプラネタリウムみたいに星が描かれ、丸みを帯びた木がそれらが森の中であることを表していて、そこに現代のレーザー光線が縦横無尽に飛び交うのはもはや、なんていうか、ぶっ飛び体験?もうなんかハイになっちゃって、あたしはどうしよっかな。とりあえずお酒欲しいなとか思った。僕はお酒を取りに行って、ビールかチューハイを選べたから最初はビールにして、手持無沙汰な片方の手に冷えたビールを持ちながら、口に泡を付けながら見たいアーティストを物色した。全員素敵で、でもあたしなんかがこんなの見ちゃっていいのかなって卑屈さが私を覆うくらいに僕はそれを良いよと思ったし、気にしなくていいんだよ。春は、すぐそこにあるからと思っていた。
パーティのドレスコードはオレンジで、これはスプーキーパンプキンにちなんだラブみのある構成で、僕はたまたまその方が良いかなと思い知らずにオレンジを着てきたのだけど、友達に後からドレスコードの話しをされて、そうなんだ!と驚いた。まあ普通に考えればそうなんだけど、僕はなんというかそういうのは知らなくても楽しめるものという何の準備もしないことの体のよい言い訳ばかりが大人になってから上手くなってしまい、本質から程遠い迷い事ばかりに埋没してきた自分の人生を大いに引きずったのだけど、あたしはそんなこと関係ないと思ったし、せっかくのオールなんだから楽しもうよとしか思わなかった。
オールが昔から好きで、なんていうかオールって、ときめくじゃん?鳥肌立つじゃん?ってまあ人によるとかそういうのよりも、ごく当たり前に人間は夜を過ごしてきたはずなのに、いつの間にか昼と夜は分断されて、そのおおらかさは機械によって味気のないものにされて、あたしはそういうのつまんないと思ったし、僕は文化とはそういうものだよと諭したけれど、あたしは一向に納得しなかった。でも今この場所が素敵なことは遠い未来の人にもきっと伝わっているだろうし、あたしたちの身体に流れるリズミカルな赤と青の螺旋が、僕にもそうやって希望を持ってなにかをすることがやっぱり尊いと思うし、それは素敵な味わいで、悲鳴で、連続するパラメータがある瞬間から異常値をきたすような模範的な想定内のトラブルの演出がごくたまに、本当の事件を起こす瞬間にきっと気が付いていて、それは刹那に味わうことがもはや快楽となった僕たちの、ご立派な脳に、脳に火を点け、ばちばちと燃える朝のような魂が、炸裂する四回転の鮮烈なる光の感謝する方角に『君』は居る。居た。今見えた。
深夜二時頃、天使が降りて来た。フードコートのぐるぐるの螺旋階段から、とてつもないオーラを纏った熱い光が神々しく降りてきて、ああ天使だと思った。もう一度会えたよ。美しさと怖さが両立した、でもそれを慈愛で包んだような物理的な輝きは、もはや一種の神秘的現象と呼ぶしかなく、それは『自信』なのだと思う。DIVAを名乗るものに全て付きまとう、絶対君主の自信。
天使はそれをきっと、生まれながらにして持っていたのだと思う。それで浜崎あゆみや、大森靖子や、椎名林檎や、aikoや、宇多田ヒカルや、あとなんだっけ?なんか数えきれるくらいしか出て来なかったけれど、でもそれらの全てに当たり前のように共鳴したんだと思う。天使は同じ孤独を持つ光と共鳴する。それは唯一の光であり、木漏れ日であり、普遍であり。海に魚が泳ぐように、ピューロには天使が居た。それだけのことかもしれないけれど、あたしはそんなことよりも天使のパフォーマンスに見惚れた。天使は颯爽とフードコートを駆け巡って、あたし《僕》たちを魅了した。
天使が指先を前に出すと、それに引っ張られた観客が胸を差し出す。天使が嘆くと、全員が黄昏る。天使が燃ゆるとみんなが高揚するし、天使がジャンプなんてした日には、もう、全員が絶頂する。
そんな全てが同時に炸裂する時間軸に僕らは居た。僕はそのあまりの光景に、皮膚が爛れるような思いがして、原爆を見た広島の人も、最後にこう思ったのかもしれないと思ったし、でも天使はいつだって天使だったから、それを悲劇よりも、なにかの礎として、大事に胸にしまったのだと思うし、僕らにできることは死者を弔うことではなくて、その死を持って前に進むことなのだ。前人が残した遺産を使って、新たなる世界の秩序を、世界の再構築を、できるだけの愛で成し遂げなければならないって、あたしは眠くなる話を聞くのが嫌で、天使だけを見つめた。あたしの王子様。あたしだけのゆっきゅん。
側に居てくれてありがとう。
いつでも会えるよがゆっきゅんの口癖で、というかキャッチコピー?天才の響きがそこに抒情としてのラブ・ミステリアス・ロンリネスがやっぱり最高なショーをもれなく唐突に現して、こういうの顕現っていうのかな。天使じゃなくてゆっきゅんだし、ゆっきゅんは他のなににも形容できないからこそゆっきゅんだし、それがゆっきゅんの良さであり、あたしがこんなこと語らなくてもみんなそのことを知っているし。
それよりも歌だ。僕は唯一歌詞をちゃんと覚えている『ログアウトボーナス』の冒頭の歌詞を静寂な佇まいから一気に片手を挙げてゆっきゅんが歌い始めた時、その瞬間フードコートが真っ暗になった気がした。実際はしっかりとした証明が点いていたのだけど、ゆっきゅんはその気迫だけで、才覚だけでフードコートの証明を消した。
静かな曲調に、穏やかなリズム。その中に味わい深いほんのりとした孤独がちりばめられて、ゆっきゅんはゆっくりと歌った。透き通るように響き渡るその歌声は、僕らの耳をジャック……じゃないな。奪って、文字通り耳ごとゆっきゅんのものになって、全員の視界がゆっきゅんに集中しているのがわかった。
ゆっきゅんはひとしきり僕らを楽しませた後に、僕らが密集している空間にまるでそこになんの障壁もないみたいにするりと入り込んで、後ろを回転し、そしてなんと、僕の前で止まった。
僕は思わず屈んだ。そしたらみんなも屈みだした。ゆっきゅんが立つ周りは、そこだけ白く輝いたショートケーキの上の舞台のようで、僕らは周りを形作る風景の一部のようだった。
ゆっきゅんのラスサビが響く。呼吸もできないほどに、僕は意識を全て持って行かれて、ゆっきゅんのあまりの神々しさに、初めてイエスキリストの奇跡を目の当たりにした民衆が如く両手を前に掲げて拝むことしかできなかったし、ゆっきゅんはそれでもすごかった。こんな言葉で形容していいのかって《いいよ》、あたしがそれを許してあげる。
ゆっきゅんのパフォーマンスは、本当に天高くつき上げる明るい光線のように真上に向かっていた。ゆっきゅんがいつも見ている天井に向けて、その明るいまなざしを、空にむかって解き放っていた。あたしはあの人のことをかっこいいと思って、それでパフォーマンスが終わった後のチェキイベントに行くことにした。
CDもまだ用意されていたものは全部買ったし、きらきらの宝石が入ったペン?も買った。ハートマークの宝物。ゆっきゅんの指先の一部に自分がなれたような気がして、そのぞっとするほどの明るさに、あたしはちょっとだけまいっちゃったんだ。
いちごの馬車には既にでか美ちゃんが居て、みんなとチェキを撮っていた。僕はそれに並び、自分の番が来るときに妙に緊張した。でか美ちゃんと目が合った。とてもやさしい瞳で、僕の緊張も察してくれたのかはわからないけど、隣に座った時に話掛けてくれた。
「それかわいいね」
僕の頭にかぶっていた狼の被り物について、でか美ちゃんは褒めてくれた。思わず「作ったんですよね。ふにゃふにゃふにゃ」と語尾が変な感じになったけれど、それからでか美ちゃんは僕の手を握ってくれて、少しだけお話してくれた。
ゆっきゅんが元々好きなこと、ゆっきゅんの好きな人としてでか美ちゃんのことを知ったこと、『桃色の半生』を読んだこと、本人と会うのは初めてなことを伝えた。
でか美ちゃんは「そうなんだ。前から知ってくれてたんだね」と言い、僕たちはチェキを撮った。一緒に映ったでか美ちゃんは本当にかわいくて、僕は自分の映りがいまいちだったことに気を取られている自分が恥ずかしく思った。好きな人の前で、そんなことを思っちゃだめなのに。
それから、ゆっきゅんの列に並んだ。ゆっきゅんはいちごの馬車の前で何度もポーズを撮り、きらきらしたきらきらしたなにかを、鮮やかにカメラに映していた。僕はその列に並んだ。緊張しすぎて時間が飛んでしまって、その時のことはよく覚えていない。ただゆっきゅんは、隣に居てもゆっきゅんだった。一切僕と交わらない感じ、純粋な水、そんなゆっきゅんに僕は心底打ちひしがれた。チェキの僕の映りはさっきよりマシだった。
音楽の奴隷になりたいと思った。なってもいいと思えるくらいに僕はその出来事が今でも胸に焼き付いて離れない。こんな憧れを胸に抱いてしまったら、僕は明日からも生きるしかないだろうって、本気で思えるくらいに大切な出来事で、あたしはこんな小さなブログに思いを綴ることも大切だと思うし、それを俯瞰して後で見返したらきっと素敵な思い出になるよって、心底そう思うし、僕はそれでも自分の中で肯定しきれない思いがたくさんあって、あたしはそんなあなただから側にいるんだし、ゆっきゅんも、でか美ちゃんも、そうだよ。みんなかけがえないから側にいるんだよ。それがなんだかとてつもなく美しい出来事のように思えて、なんだか私まで泣いちゃっている。
僕はまたピューロに行くと思うし、その時はまた一段と魅力的になった二人を絶対に観たいと思うし、フードコートのあんな近くでゆっきゅんが見れたこと、僕は絶対に忘れられないし、今だってちょっと泣いてるし。でも孤独に負けたくない。孤独の持つ光を僕も内側に宿して、今日も文章と言う名の音楽を奏でる。そんな愛のDIVAに、私もなりたいのだ。