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傲慢

ずっとごみ屋敷に住んでいて、最近引っ越して全てが変わってなにもかも、一切合切、全部がよりどりみどり既知天満に春めいていて、うららかで、四月に引っ越してよかったとか思っていた矢先に私は家具が無いことに気付き、家具ないじゃん。え、家具ない……とそれから急ぎ足で家具を買い集めた。

 

なぜ家具がなかったというと、古い家に置いてきたから。この場合の古い家という表現は前の住居という意味では全くなく、完全に文字通りの古さだったからそう言っていて、築でいうと八十年くらいは経っていた。それで私が最後の住人になりそこは取り壊されることになったのだけど、めでたく私は「え、引っ越し費用いらないじゃん」と大喜びしていた。基本的に賃貸契約の場合、貸主の都合で建物を壊す時には住人の許可が必要なのだけれど、その際に引っ越し費用を立て替えることが多いらしく、無駄な知識だけ豊富な私は細かく調べ、絶対に搾り取るぞという強い意志で不動産屋に連絡した。

 

最初は穏やかなムードで、あっ引っ越しはどちらをご検討されてますかえぇはいぃあぁそうでしたかお住まいの近くなどでしたらこちらでもお探しできますよ~なんてそわそわしたムードで進み、一見すんなりと行くように思えた。私が貯金がないこと、すぐには引っ越しは難しいこと、引っ越しに伴う費用はそちらが負担して欲しいことなどを伝えると「あ、まあ先のことなんでね。ゆっくり考えていただければ大丈夫なので」と老婆は言った。

 

その言葉を信じて私は本当にゆったりとしていた。半年後の引っ越しに備えての貯金なんてまるでしなかった。しても意味がないと思ったし、私が貯蓄をしたところで、欲しいものはどうなる?次でる新キャラの二凸までの資金は?スーパーとかめんどくさいしコンビニで済ませるけどそのお金は?誰がどうするって言うんだとふんぞり返って、気ままに今まで通りの暮らしをし続けた。

 

よりによって建て壊しを告げられてから実際に引っ越すまでの間に私は『崩壊スターレイル』を始めてしまって、超面白かったんだけど、面白いんだけど、金がやばかった。とてもじゃないけれど引っ越し資金なんて存在しなかった。無い袖は振れない。無いガチャは回せない。期間限定商品に目がない私は新キャラが出る度に課金し、そのキャラを無凸で運用することはしなかったし、なんならそのキャラクターに必要な装備や周りのサポートキャラクター、ヒーラーなんかも一式限定キャラクターで揃える無茶苦茶な金の使い方をしてしまい、毎月クレカの上限額に行っていたし、冬のボーナスは完全に底を尽きていた。

 

でもだって欲しいんだもん。引っ越しとか知らねえよ、てめえの都合ならてめえで払えよぼけかすと先のことを全く考えずに年越しを迎えた。

 

それまではひとまず向こうが初期費用は全額負担してくれるという話で落ち着いていた。私は何度か、本当に二重三重に「大丈夫ですね?本当に引っ越しに伴う初期費用はそちらに任せていいんですね?」と伝え、「ええそれは大家さんもご納得していただいておりますので」と優しい声を出す老婆を信用していた。ふーん、老婆のくせにやるじゃんとか思ったけれど、あっけなく費用全額負担してくれるという返事に、なにかきな臭いものを感じずにはいられなかった。

 

新しい住所を探す中、私は次の家はちゃんとこだわるようにしようと決意していた。ごみ屋敷はもう勘弁、勘弁っつうか自分で掃除しなかっただけなのだけど、でも今の家にはごみは全部置いて行くつもりだったし、家具も、なにもかも、強いて言えば本とか服くらいだけを持っていくつもりで、他の全部を捨てて生まれ変わるつもりで引っ越しに夢を見ていた。

 

いつだって新生活はわくわくする。家具はどれにしようかなとか、配置は、色合いは。どうぶつの森が元々好きだった私は家の見取り図を見るのが昔から好きで、自分の部屋を持ったら絶対にこうしようとか、ああしようなど元々家に対する憧れは強い方だったのだけど、いざ大学時代に独り暮らしを始めたら課題が忙しすぎて精神を病んでごみ屋敷になったし、そのまま無い内定で卒業して身一つで状況したから東京の家は荒廃し、腐敗臭とカビ臭が立ち込める廃屋になった。あばら家に住む異常老人、着てる服だけハイカラな、後は頭がおかしい独居老人、そんな感じの人が私だった。

 

でも、次からはもっとなんかマシになって、ちょっと経済とか回してみたいしなんなら「作家ですこれこれこういう本を出していてあっ今度映画もやるみたいなのでよかったら見てください」的なことを言って名刺とか渡してみたかったし、暗雲立ち込める人生の下り坂をそろそろと下るなんて絶対にできなくて私には急斜面のゲレンデだし勢いよく滑走、暴走、滑落!大事故破滅拍手喝采血みどろ淫らにてんてこまい!といった人生が私なのだと思うと本当にここから巻き返さなきゃ、人生詰むぞホームレスコースだぞと震える思いがしていた。

 

ここに住もうと思っていた町があり、本当に小規模な町で、でも賑やかで、町全体が生きている感じがするところで、私はそこの女性しか従業員がいないという触れ込みの不動産屋を尋ねた。とても親切に対応してもらい、希望の条件の物件に一緒に歩いて見に行った。内見して、すぐにここにしますと決めて後は契約やらその他色々な事務手続きだけになった。案内してくれた女性と少し話した。

 

「こちらに住もうと最初から決めてらしたんですか?」

 

「ええ、どうしてもここにしなきゃと思って。なんか呼ばれてて」

 

「え?」

 

「いや呼ばれてて。だから来なきゃって」

 

女性スタッフは愛想笑いなのか本当の笑いなのかよくわからない笑みを浮かべて、空気はそんなに悪い味はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引っ越し費用の額は大体三十四万円くらい。これの請求書を手に持った時はさすがに震えたけれど、端数の四万すら今の私には払えないけれど、本当に大丈夫かなとかなり焦りながらも、まあ約束したしと思って老婆に電話でそれを伝えた。

 

大家に確認を取ると言った後に戻って来た老婆が告げたのは、「全額はできません。規定があってあなたの場合は三十万までで」と言った内容だった。

 

私は「え、約束と違いません?それなら引っ越せませんけど」と伝えた。老婆は「あのね、事情はわかるんだけどね、こちらもちゃんとした決まりというものがあるんだけどね、悪いけどそういうことでね、よろしくお願いしますね」と言いそそくさと電話を切ろうとした。

 

その態度になんらかの癪が揺れた。「じゃあ引っ越せませんけど、引っ越さなくていいんですね?」私の語尾に怒りの色合いが出たのを察して老婆は「あのね、じゃあ大家さんにまた確認をね」と電話を切ろうとしたので「わかりました。じゃあこちらは条件を飲んでいただけないのであれば引っ越しはしませんので」と言い電話を切った。

 

先日案内してくれた不動産の女性に連絡をとり、謝りながら引っ越し予定のキャンセルを告げた。その人はおろおろとした声を出しながらも、「わかりました。もし予定が変わることがあれば連絡ください」と伝えてくれて、私は申し訳なさを感じつつも電話を置いた。

 

三十分も経たないうちに老婆から電話がきた。「あのね、今大家さんに聞いてね、三十四万円お支払いしますって、だからね」と私は途中で口を挟んで「いや今もう申し込みキャンセルしましたけど」と伝えた。老婆はあっけに取られて、「もう?」と聞いた。「もうじゃないですよ。そちらが最初の約束と違う条件を提示してきたんじゃないですか。もうじゃないんですよ。こっちはそれで引っ越せませんと伝えましたよね。あと払っていただくのは三十四万だけではないです。『引っ越しに伴う初期費用全額』です。ここにさらに引っ越し代もかかるんですよ。そちらはちゃんと負担してくれるんですよね?」と伝えた。老婆は「あのね」と会話の主導権をまた握ろうとしてきたので私は段々怒りが表面を支配し始め、「あのねじゃねえんだよ。さっきからな、お前電話切ろうとしてんだろ。ずっとさ、お前こっちが結論で話そうとするとすぐに電話切ろうと話を勝手に遮るよな。おい聞けよ」老婆は返事をした。

 

「なあ、聞けよ。まず、聞け。おれは『引っ越しに伴う初期費用全額』をきっちり払ってくれるならお前らの言う通りにここを退去してやるっつってんだよ。条件はびた一文譲らない。代わりに過剰要求もしない。ここが最低ラインだ。お前らがそれをできねえっつうんならおれは引っ越さねえし、できるっつうんなら引越しの準備を済んだよ。なあ?そもそもでおれお前らのために内見の約束もして、わざわざ休みを何日も探して理想の物件探して、大変だけど楽しみだなあって今から引っ越しする気になってたところでお前は何なんだ?なんでそんな勝手な言い方するんだ?なあ、おい。さっきから無言だけどよお。返事くらいできないかって言ってんだよ」

 

嘘だった。私はこの引っ越しの話しのタイミングでずっと引っ越しを検討していた。たまたまそのタイミングに美味しい話が参り込んできたのでしめしめと打算で行動しているだけだ。全額負担してもらって軽やかに引っ越ししたい。「はい」と老婆は言った。それからかしこまった口調で「大家さんに確認してまいります。またこちらから連絡します」と言った。おれはそれを待った。

 

老婆から電話が来た。おれはたまたま仕事の休憩時間だったから出られたものの、その日は雪の日で、会社の外のくそ寒い中でくだらねえ老婆のうんざりした話に付き合わなきゃいけねえことに心底苛立っていた。

 

「あのね、大家さんがね、三十四万円にプラスで引っ越し費用として十万お支払いするって。十万あれば引っ越せるでしょ?だからそれでお願いね」とおれに伝えた。

 

なんか癪だった。

 

「十万?十万ってどっから出てきた数字ですか。引っ越し費用がもし十万超えたら超えた分はそっちが払ってくれるんすか」

 

私が了承すると思っていた老婆は面食らった様子で、「でもね、十万って結構あるから、普通一人暮らしの引っ越しだったら充分足りる額よ?余った分は貰ってくれていいから」と伝えた。人格攻撃しよう、と決意した。

 

「普通?普通ってなんすか。おれが普通なのかどうかをなんであなたが決めるんすか。どっかから算出した金額で足りるっつうんならわかりますけど、適当言ってますよね?余った分は貰っていいとか、随分がめつくないっすか。こっちは初期費用を全額きっちりとお支払いいただければ他に要求はないんすよ。段取りも、全部こっちでやりますんで。そちらの指示に従いますんで。ただ費用は、なんでそっちが楽しようとか考えてるんすかね。まじで態度が気に入らねえんだけどおいババア」

 

火蓋が切って落ちた。「はい」と老婆の声が聴こえる。

 

「ババア、なあ。お前いい加減にしろよ。誰のせいでこっちは引っ越しをしなきゃいけねえと思ってんだよ。なあ、誰かはっきり言ってみろよ。おれか?」

 

「違います」

 

「違うよなあ。お前らだよな?何遍も言うけど、お前らが勝手に長年住んでくれた住人に退去を押し付けてるんだよ。おれは家賃滞納してたか?なんか周りの住人に迷惑掛けてたか?」

 

「掛けていません」

 

「じゃあなんでそういう偉そうな態度でものが言えるんだ?お前さ、少しでも大家と共同して金ちょろまかそうとしてるよな?おれそういうのわかんだわ。まじ、そういう態度が透けて見えるからこっちは素直にはいって言えねえんだよ。おい、聞いてんのか」

 

「聞いています」

 

「だったらさあ、なんで最初に口約束したことを後になって三十万だとか言い直したんだ?それにはなんか正当な理由でもあったのか?おい、なんでちょろまかそうとしたのか言ってみろよ」

 

「あのね、それはね」

 

「口を挟むなよ。次余計なこと喋ろうとしたら引っ越ししねえからな。返事はイエスオアノー。もう一度言うぞ。イエスかノーかだ」

 

老婆は黙っていた。これ以上手を付けられないと判断したのか、それともどう攻略しようか画策していたのか、その辺はよくわからねえけどおれはむかついていた。

 

「返事が聴こえねえんだけど?なあおいクソババア。よく聴けよ、おれの望みは『引っ越しに伴う初期費用全額』をそっち側が負担すること。こっちは一円も払わない。その内容でメール作れ。そんでメールに今までの会話の流れ全部記載しろ。あと最初口約束で『費用は心配しなくていい』って言ってたのに後になって『三十万が上限』って話を挿げ替えてきたのか、その理由を明記しろ。言い訳は要らねえから、客観的に根拠が明確な理由としてそれ全部記載しろ。今日中に送れ。本当にお前らのような連中が大っ嫌いだよおれは」

 

老婆は最後までなにかを言おうとしていたが、おれは電話を切った。寒空の下、吐く息だけが抒情的な風景を醸していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

老婆はこちらの言う通りにするとメールを何通か送ってくれて、おれはそれに了承をした。ただかなり慎重に、一切の誤字脱字を許さなかった。こちらの意図にそぐわない返答をした時点でその理由を書いて再提出を求めた。徹底した論理主義の名の元に、不正を認めなかった。人間性とか要らねえから。金の問題なんだよ。カネ、命より重い、金の話し。

 

おれは老婆からのメールを全て保存し、引っ越しに向かった。見積を三業者分も出せと言われ、そこはおれも『男』だから、しっかりと言われた通りに見積もりを出した。その中で一番安い業者を不動産は選んだ。たったの四万だった。おれはこの時点でああ老婆の言っていた十万で足りるって話は本当だったんだなと少し後悔をしたが、でもあの時、おれの感じた怒りに忠実にものを考えたことはおれにとってなにか重要な柱となる出来事であると感じた。

 

老婆はそれでも、四十五万円分の予算はこちらが用意していると言い、三十四万+引っ越し代の四万=三十八万円をそこから引いた七万円は自由に使っていいと述べた。最初の老婆の言う通りにしていたら、おれは十五万円も損していた計算になる。

 

あっけなく引っ越しは終わり、まあ最後まで老婆と残置物の件でも揉めたが、おれは一切の許容をしなかった。分別もしない、家電製品もそのまま残す。必要な分だけ持って行くから、あとはそっちで片せと言い、老婆からの反撃の隙を与えなかった。俺が部屋に残した合い鍵が一つ分少ないことを理由に二万円を差し引くと脅してきたが、おれは冷静に「建て壊しが理由ですよね?次の入居者がいないのに払う理由はない」と伝えると、老婆は渋々差し引いた七万をそのまま口座に振り込んでくれた。

 

おれは引っ越しをしてマイナスになるどころか、十数万円分の貯蓄ができた。それに喜んで、色々と家具やらを買いあさってあっという間に口座はすっからかんになった。ゴリラの檻の中、空っぽの家の中にたくさんのショッピンググッズを詰め込んで、半年経った今、家は大変快適に機能している。

 

毎週掃除している。毎月花を買っている。家具は毎日拭いているし、ぬいや小物を毎日愛でている。こんな生活が一年足らずで実現してしまえるなんて、人生って本当、最後までわからないもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれはアパレルショッピングバッグに潜む恋人。ピンクの赤裸々の逸脱した感情を暴露することが得意の冷徹な論理主義者。買いあさって、陶酔して、冷めて、また買い直す。これらの繰り返しがおれの人生で、おれはこういうことを繰り返しながらどんどん成長する海底に住む化け物だ。

 

それが人に知覚できなくても、おれは青々しい果物に見惚れてしまうし、絢爛なブランドものにいつまでたっても物欲を刺激される。こんな風に全てがあっさりと砕けたら、それはおれの獰猛さがこの世に消えない傷をつけたことと同じになる。

 

絶対に、今も許したくないものは大勢いて、それはおれ自身が幸せになることでしか許すことのできない資本主義の競レースそのものなのだとしても、おれは曲げない。いつかこの感情が爆弾としてくだらねえ世界を崩壊される悲劇を生んだとしても、おれはそれを見て笑って、こういう。

 

「おれごときに攪乱されて、ばっかじゃねえの?」

 

でもこれを書いている今も、おれは地球のどこかに居る誰かの弱い心に、何らかの振動を与えているに違いなくて、それは絶望という名の虚栄心であったり、秩序というなの極悪非道さであったりもする。けれど刹那的な情景に身を置くことは、現代の、ほとんど唯一の必勝法と言ってもいい、いいくらいにはおれは非道と呼ばれてもいい。やりたいようにするだけだ。それで勝とうが負けようが、面白いもんを作れたことに違いはないのだから。