指の先の皮膚と固く変質した組織とそれらをまとめている繊維状のものを一つずつ見つけて、じっと観察して、舐めまわすように見回しながら僕は唇をほんの少しだけ開いて指先に押し当てて、歯の当たる感触だけを頼りに指を動かす。かり、かり、と音がしてところどころでぱきぱきという小気味のいい音もする。爪が剥がれた瞬間に鋭い痛みが指先に伝わるけれど、僕はこの程度の痛みなら余裕というよりは、既に慣れていて、痛いは痛いのだけどそんなに深刻な痛みではないというか、もっと激烈に痛い瞬間というのはそもそもで剥がす前に分かる類のものだから、僕は甘んじてそれを受け入れる。くすぐったくなる程度の痛みというのは快楽と差支えがなく、ないから僕は気持ちいいオナニーと同じ感覚で自傷を楽しむ。人前ではしない。人がいない時や、考え事に耽っている時、高速回転する僕の脳を尻目に指は独りでに口元に向かい、その寂しい切っ先を僕の歯に押し当てる。がり、がり。ついに血が出てきて、僕は滲み出る血をじっと観察してみる。最初は針でぷつんと刺した程度の粒なのだが、それが段々とぼろぼろの皮膚の表面に毛細管現象で伝わって、最後は指の向きを変えないと下に垂れるくらいの量になり、僕は慌てて舌で血を舐めとる。ほんのり鉄の味がして、僕は血の味が大の苦手なのにも関わらず、不覚にも血を流してしまった時、その血を舐めるのが好きだ。生きてるって感じがする。瘡蓋も食べたいし、鼻の穴の汚れや、にきびや、グロテスクな皮下組織の一部だって構わず口に運ぶ。精液だって、僕の身体から出たものであれば嫌じゃなくて、それってなんだろう。不潔とか言われても仕方ないけれど、不潔じゃなくて……輪唱?共に歌うって感覚なのだ。僕は僕の身体から排泄された全てと、共に歌っている。
ただ、食べられないものもある。例えばおしっことか、うんちとか。そういう趣味は僕にはなくって、純粋に臭いものは嫌いだ。皮膚の匂いって臭いけど落ち着く匂いっていうか、実家の家の壁がいい匂いじゃなくても落ち着くのと同じで、居心地のいい臭気だから許せるのだけど、うんちは違う。おしっこも、普通に不浄だし、僕の生活には入ってこないでほしいし、前に付き合っていた人に「おしっこ掛けていい?」と聞かれた時も普通に断った。アンモニアはダメ、駄目な理由は自分でもよくわからない。
食べ物の好き嫌いが人によって異なるように、僕は口に入れても許せる味と、許せない味というのはあって、でも味覚には比較的寛容だから、割と食べ物は極端なもの以外なんでも食べる。前に昆虫食レストランに連れて行かれたことがあって、僕はそこでコオロギの素揚げを食べた。エビの味がした。蚕の幼虫をすり身にしたソーセージも食べた。葉っぱの味がする普通のウインナーで美味しかった。一緒に行った人は僕になぜか非道だったから、なにも言わずにいきなり昆虫食のレストランに連れて行った。メニュー表を見て初めて、そこが昆虫食の店だということを知った。
食べた後にお腹を壊して、壊したからその後昆虫食は食べていないんだけど、やっぱり虫の頭部は苦手だ。なんか腹とか足ならまだ見られるんだけど、とんぼの頭とか本当に無理で、気持ち悪い。指先でぐるぐると回したらぽろりと取れるらしいんだけど、子供の頃って残酷さに抵抗がないから昆虫の頭をもぎって僕にプレゼントした連中がいた。僕はその頃から虫が大の苦手で、というよりは家族以外みんな苦手だった。家族だけはとことん癒されるし、大好きな空間だったのだけど、外の世界はみんな暴力的だった。
とんぼの頭をプレゼントしたやつの顔は今でも覚えている。にやにやとだらしのない笑みを浮かべて、鼻水が鼻から膿くらいの粘度で片方だけはみ出ていて、歯も一部抜けていた。そいつの名前は西野だっけか。西野は嬉しそうな顔をしていたから、僕はこいつのことを一生許さないと思った。
木の葉で世界が揺れていた。校舎の隔たりは真っすぐにここが牢獄であることを示していた。
行き辺りばったりの毎日で、僕は気持ち的に参ることが多くて、なんだか途方もなくグロテスクなものが観たくなって、深夜にナイジェリア?かどっかの国で頭に蛆が湧いた少年の頭部の動画をインターネットでダウンロードした。衝撃的だった。頭部には沢山の穴が開いていて、そこからカーソルバーが進むたびに白いうねうねとしたものたちが一斉にこんにちはしたり、引っ込んだりして、しかもその人は生きているのだ。生きている人の頭部が半分掛けていて、その中で蛆虫が巣を作っているというのはにわかには信じられないことなのだけど、僕はその映像こそ真実だと思った。日本は嘘なのだ。経済なんて、全部嘘っぱちだ。
でも僕のジュブナイルのことは誰にも話さなかったし、僕は僕でこんな『カラパイア』とか観てる自分が嫌だったし、『痛いニュース』とか『ハム速』とか、あとは『朝目新聞』とか『うしみつ』とか好んで読んでにやにやする人生って本当にくそほどくだらないなと思いつつも、僕には肉体としてなにか汚かったり、汚れたりすることが耐えられなかったし、だから今もパソコンでの仕事でにちゃにちゃやってたりするわけなんだけど、僕は精神的な疲労は無問題でも、肉体が疲れるのは嫌なのだ。そんなのは炭鉱夫がやって欲しい。男の仕事だ、女は家で家事でもやっていればいいんでしょ。
なんて投げやりさも程遠く、僕のインターネットはそういうオカルトや都市伝説や衝撃映像や閲覧注意タグで埋め尽くされたし、今でこそ『検索してはいけない』ワードがごみの掃きだめになってしまったけれど、昔の検索してはいけないは本当にしてはいけなかった。グリーン姐さん、モーターバイクモタ男、終わらない夏休み……
インターネット古参どもが社会の明るみに出だして、今までの青春を取り返そうとかつての面白を一生懸命に話す中で、それでも言っちゃいけないタブーにされた歴史というのはやっぱり存在して、それは中国の天安門のような悲惨な事件であったり、孤独に苛まれた風俗嬢が梅毒で全身が腫瘍だらけになって死んでいくブログであったり、とにかく絶対に語られてはいけないような邪悪なもの、おぞましいもの、現代アートでいう文脈としての『アブジェクト』というのは、やっぱり人は避けたいらしく、おそらくぐんぴぃとか、そういうのも見ていたはずなんだけど、見ていないことにしてる。あの人絶対にロリコンでしょ?僕にはわかる。
前田仁という人間がいた。みんなは知らないと思うけれど、僕はこの人のホームページを今でも思い出した時に閲覧する。もう既に本家は存在しなくて、魚拓がわずかに残っているだけなのだけど、『前田仁 俺の人生』で検索すると前田仁という人が、どういう人生を送ってきたかや、自殺に至るまでの過程が緻密に記されている。僕はこれをヒエログリフと呼ばずしてなんになるのだと本当に思っていて、
前田仁は家庭に恵まれなかった、と自分で書いている。関東の生まれではあるが、家の写真もホームページにはあるが、本当に人が住めるのか?というくらいにはおんぼろな、トタン屋根や壁のせまっ苦しい一階建ての狭い家だった。その中で、前田仁は幼少期に何人もの兄弟姉妹と一緒に暮らしていたというのだから、想像を絶するところがある。パーソナルスペースなんて言葉すら彼は知らなかったのだろう。前田仁は劣悪な仮定環境の中で人生に絶望し、不登校になった。そして三十過ぎたある日、自殺を図った。
自殺の様子はネット配信されていて、首を吊った前田仁の姿の後ろで、部屋を開けた母親が息子の遺体を発見し、「ひとちゃん、ひとちゃあん……どうして……」と叫ぶシーンはインターネットで語り継がれている。人の死ぬ瞬間がアーカイブとして残っているこの世界は、時に残酷な世界の真実を僕らに見せてくれて、それは僕が死ぬ時でも、やろうと思えばやれることだ。けれどそんな可哀想な身に自分は置けないし、僕は結局自分が可愛い人だ。前田仁も、たぶんそうだったのだろう。けれど前田仁は人生において自分の居場所を見つけられなかった人だ。兄弟姉妹が次々と自殺をする中、古びたパソコンで必死に助けを求めようとした彼の生き様を私は笑うことなんてできないし、それは僕が好奇心で覗いたものであったとしても、私の人格形成において大きな衝撃を与えたことは事実だ。前田仁は死ぬべくして死んだ人、と思われているが私はそうではなく、『誰も助けられなかった人』なのだと思っている。死ぬべき人なんて誰もいない。この世には、自分で助かりに行ける人と、そうではない人がいるという話だ。
前田仁のニュースはインターネット中に轟いたはずで、インターネットに博識なぐんぴぃがそれを知らないはずがない。けれど、彼の活動においてそのワードを出す素振りは一切見えない。当然だ、彼のファン層はあくまでインターネットの表層においてのカルチャーの話しを好むのだから、彼のYouTubeちゃんねるで真剣に前田仁の話しを出そうものなら、全員が驚愕する。登録者数は激減するだろう。それくらいに浅くて、ハッピーで、ぬるい温度感の中で生きると決めたぐんぴぃの瞳の奥の本当は笑っていない表情に、僕はなんらかのきらめきを感じてやまない。
本当は自分もああなってしまったかもしれないって、たぶんどこかで思っている人の目だ。道を違えば、なにかがずれていれば、ぐんぴぃも私もああなってしまっていたかもしれないというのはきっと思うところがあり、前田仁の人生は、ホームページを観る限り本当に可哀想であり、悲惨であり、どこにも救いがないじっとりとした破滅への道筋をただ辿るだけであり、そのシンプルさが、飾り気のない感じが、彼がインターネット黎明期を愛していたのだと思う理由の全てであり、僕はそれに感動する。僕も、きっと引きこもる世界線だってあったはずで、でも僕は運がよかった。周りの人に助けられて、人を信じるということを疑いなくできる人格だった。それなのに、前田仁にこんなにも思いを寄せてしまうのはどうしてなんだろう。ろろちゃんというインターネットアイドルが自殺した時にも、同じような衝撃があったはずで、はるしにゃんという名前のブロガーが、カオスラウンジに受け入れてもらえずに服薬自殺を図った時も、はてな界隈には衝撃が走った。人は誰しもが自分と同じような人間が死んだという不可逆な事実を突き付けられたとき、戸惑い、悲しみ、錯乱だってしてしまうのだろう。『るるちゃんの自殺配信』という神聖かまってちゃんの曲は、たぶんだけどろろちゃんが元ネタになっている。違ったらごめんだけど。アニメ『アーティスウィッチ』に出てくる死んだあの子も、きっとろろちゃんやその他のインターネットアイドルになりきれなかった孤独な魂たちを慈しむために、それを歌や映像に昇華したものだと思われる。僕はこれを葬列だと思うのだ。
弔う気持ちは、ごく自然に誰しもが持っている当たり前の所作だと思っていたのだけど、どうやら違うみたいで、人の中には結構な分母で罪悪感を感じない人種がいる。自分と違うというだけで虐めたり、排斥しようとする輩はみな己に自信がなく、その自信のなさを隠すために弱いものを攻撃するのだけれど、僕は一度、会社の上司に自分の職場の定着率の悪さについて相談したことがある。
「おれは辞めていくやつが絶対に悪いと思ってる。本人に根性が足らない」
僕はその人がどんな風に恫喝し、人を辞めさせていったのか知っている。だからこの人が言っていることの裏に潜むコンプレックス、醜悪な腐臭を放つ腐った人間性の全てを瞬時に理解した。けれど、僕はなにもいわなかった。この人に言っても無駄だと思った。中卒で頭も悪くて周りを蹴落として上にのし上がることだけを第一に生きて来た可哀想なこの人に、投げかける僕の言葉はないと思ったし、なにより僕はこういった人種が存在するのだということを理解しなければならなかった。絶対に、忘れてはいけないと思った。自分がどれだけ大切にしている信条があろうと、ひたむきな心を持ち合わせていようと、世界には唐突に降りかかる避けようがない暴力が襲い掛かってくるのだと、それを身に染みて理解した。その上司はいつまでも膨れたハコフグのような顔をして、己の正当性を主張し続けていた。
悲しみには力がない。哀しみは暴力には勝てない。敵わない。だから、悲しみは母数を増やし、共感できる人たちで身を寄せ合い、暴力に打ち勝とうとする。その構造というか、人間社会での生存競争はとても理に適っているし、僕は同じように孤独を抱えた人に届く言葉を書きたいと思っている。そうでなければなによりも自分が許せなくなってしまいそうだ。僕は僕のエゴで救うではなく、救う救われるなんて磁力で引っ付く物理法則によるものだと理解していたとしても、じゃあ悲しみは?なんで必要なの。どうして好きな人たちが死んでいくのがこんなにも悲しいわけ?
涙の理由については色んな人が過去に歌ってきた気持ちの最前線なのだから、今更僕は涙が出る理由を事細かに解剖しようとは思わない。けれど、僕にはこの気持ちなるものが嬉しさや、悲しさや、驚きや、敬意なんかが不可解な配分でブレンドされたものであることはよく理解している。涙は多くの感情がまざったものなのだ。それが目から滲む時、人の心の中には風が吹いている。涼しいのか、湿っぽいのか、あるいは荒野の如く乾燥した空気なのか、それについてはよくわからないけれど、
僕にとってはそれは涼しい風だ。肌に当たることすらも愛おしく感じられるような、清々しいなにかだ。それを僕は『愛』だと知っていて、人の心には愛が生んだ風が常に吹き続けている。それを堰き止めたりする邪な感情については、感情が悪いのではなくて、ただそういった報われない人が世の中には居るという話だ。他人の心を踏みにじらないと、自分の心を保てない、そういう弱さを持った人間がこの世には多すぎるというだけの話しだ。
僕はその上司に言った。「弔う気持ちが必要ですよ」と。「辞めていった人たちの屍の上に僕らは立っていて、その人たちがいたから僕らは今気持ちよく働けて、利益を生み出せているんですよ」と。
上司にどこまで伝わっていたかはわからない。ただ、僕はその上司のことが嫌いではない。どこか心の奥深くに、自分と同じような絶望を違った角度で味わった経験がその人に滲み出ているのが伝わってきたし、学が無くても、社会に軽んじられても、それでも自分の力で這い上がろうとしてきたその上司の姿は僕は美しいと思うし、人はしわくちゃの岩みたいな顔面でも、そこに美は見いだせるのだ。僕の言葉に上司は黙った。黙って、少しだけ上の方を見ていた。その上司がなにを思ったのか、僕には知ることができない。
可哀想な人たちのために、可哀想な歌を作る、そんな構図じゃ誰も救われなくて、もっと見向きもされない、淀んだ、劣悪な、おぞましい魅力をもった全ての物事に関心を向けたいと思う。僕は、私だってそう思っているし、そんな風に僕自身が今の私を構築する形となることを心底受け入れがたい虚栄として、その身に滲ませようとしたところで、一切は可憐であり、悲劇は次なる革命への序章に過ぎず、人は後悔して生きるものだ。悩んだことがない、とクラスメイトに言われたことはあるけれど、そんな人にだって悩みはあるはずで、それはいつかどうしようもない壁に本人がぶつかるまで、その人の心には蓄積されない埃のようなものなのだと思うけれど。
あらゆる人がいる。その中で自分が生きていることは、それ自体はなんの変哲もない、どこにでもある命の一つの形でしかなく、ただ僕らは、明日を見ている。今日だって、過去だって、向かう先は明日でしかなく、明日のために今があって、今があるのは明日があるから。もちろんこれは帰納法に基づいたただの推測でしかないのだから、今日がこれまで続いたからと言って明日にもあるとは、そんな確実なことは言えなくても、時間だけがひたと流れているそのことに、甘美な響きというものはやっぱり存在していて、それを美しいと思うか、面白いと思うか。それは人ぞれぞれだとしても、僕は邪悪さだって愛したい。愛さなきゃ、生きている意味なんて別になくなってしまいそうで、保坂和志に怒られそうだけれど、僕はやっぱり二階堂みたいな人だ。それを自覚したまま、これからも生きていくのだ。