今日は疲れた明日も疲れるはずいつも疲れている昨夜は寝すぎて眠くなくなった朝日が昇ることは荒野に陽が差すことと同じくらいに明るくて僕はひんやりとした寝処に楠の葉を敷いて寝そべった。呼吸をすると神経が想像以上に研ぎ澄まされていて、ここは模様が入り込む神聖な場所だって、神様は遠くにある夕べを明け方に変えてしまったのだと、僕は言いたくもなる瞬間に神様が木漏れ日のように『死ね』と言ったのが聴こえて、その通りに死んだ。夕暮れは三葉虫の尻尾くらいの角度で鋭利な影を作ったし、呼吸はいささか激しかったと僕は記憶しているのだけど、ゆっくりと、センチメンタルがゆっくりと駆け足で僕らを退屈から救ってくれるのであれば、今生きている意味もあくる日までの余剰景色も循環される両の頬を掻い摘んできれいごとに嫌気が差しても汚い言葉を紡ぐのは間違っていて、僕は今孤独を感じているそのことが恨めしくも思う言葉に殺されないために、言葉を紡ぐのは死なないため。僕の中で膨張して膨れる言葉たちの空気を抜くために一層つらい文様はここにひとひらの邪悪さを封じ込める焼き印になったりするのかな。取り留めもなく書いていると、身体の不自由さを忘れる。身体が不自由じゃなければ、人は虚脱に生まれたり、内実に苦しんだりしないはずで、わかっていたことなど全部なかったと思うけれど、そんな風に自分を俯瞰したりすることすらも、巨大な暴風雨に自らが立ちすくむ瞬間に「晴れたねえ、晴れた」と状況を再確認することだって僕には優雅ななれそめだったと思えるし、そうだったとしたら僕には開口一番に飛び込んでくる数多の情報で脳が麻痺することすらも、偽りと思って受け入れるのに。だけど思い違いはなるべくなくしたくて、無くすからにはもうないことにしたいと考えることも一生懸命さの裏返しで、なんでこんなことになったんだろうとか笑えない気持ちもほんの少しくらいはあるけれど、そうした喪失のいくつかはブレンドされて、境目がわからなくなっていたりする。僕には思うということがしがらみから逃げる唯一の方法だったのにも関わらず、別に生きたり死んだりすることには確実な価値というものが存在せず、人はみな忘れたり思い出したりしながら暇つぶしをしているそれだけのために明日があり、それがなければ明日もないのだということが滲んでいくようで、クルツゲザークト、面白いことを考えている人たちの側で自分も面白いことができれば、それでよかったはずの一切は苦しくもある焼石に肌が覆われる様にブイヤベースの溶けたカブにきれいごとを並べてくれた君たちの首、唇、くびれ、全部放り投げて遊びたい。揺れるのは火の恩恵で、僕らは別にどうしようもないことを不確実に語っているだけで、反動が大きい。野菜の盛り合わせ、生のままだと食べられないから……美味しく相応しくいい加減にいい湯加減に調節された石灰岩、ホースの二股に分かれた水の行方、全部きれいで、面白かったし僕は他人が面白いなら自分がわざわざ面白いとかやる気にもならなかったと思うし、孤独を感じて偽りの海蛍のユーカリの葉が足らんと落ちる幕あけは気持ちいい。序章かも、淫猥かも。ニッチなようで、ところどころ面白かったり、愉快だったりするのは広告ばかりで頭がいっぱいのみんなだから、由々しき現実はすぐ側にあって、培っても非道さが明日をより一層怖く見せるの、辞めて欲しいよね《やめてほしい》大なり小なりに愛おしい連結された光の瞬きの方に僕は新世界とか全然望んでないのにさあ、望んでいることなに?と聞かれても特にないし、うわべだけみんな可哀想ならそれが僕の望む理想の世界ですって、そんな風にあっさりと言えてしまうのは僕が世界のことなんてどうでもいいから。頑張ったり、負けたり、時々勝ったりしたくないだけ。できることならなんにもせずに泳いでいたいよ……でもそれは大きいミスで、とっても可哀想な二人の行く末で、吐き出されるのは銀のハーブのなにかで、優劣をつけすぎて身長が全部一緒になっちゃった面白い人たち、愉快で、可哀想で、劣悪で、だから言葉に殺されないで。言葉が言葉として機能する必要がどこにあるかも不明で、どこにもなければここにあるのが自然な成り行きで、僕は死ぬまで評価されないんだろうなあ。死んでも評価されないんだろうなあって思うと絶対に死んでやりたくなくて、もうちょっとだけ生きながら頑張ってみようかなとも思えるけれど、頑張った先に見えていた光を信じていいのか、それすらも今よくわからなくて、あの光は僕の道しるべだったのか、それとも理解を遠ざけるための詩だったのか、それとも屈託のないあの人の笑みだったのか、それとも弾ける花火のような人生のほんの小さな断片が光となったものだったのか、僕にはよくわからなくて、わからないならそれでもいいし、それでいいなら全部いいし、全部いいのだから連勝して、勝った負けたの大騒ぎで笑顔で死んでいく馬鹿どもの人生、僕は応援するよ。みんな尊くて大切だから。死ぬまで頑張って叫ぼうねって、それすらもくだらなくて、わかっていることをやるのがこれほどまでにつまらないものだなんて、僕は別に知りたくなかったし、それでも自分が思い描いていた記憶の線を辿ると理解よりも遠い位置に狂いがあるのはわかる。それは精密な時計の部品が例えカイガラムシくらいに小さいものだったとしても、それを無くしたら全ての運命が狂うような、大切ななにかで、それが僕だって思いたかったんだけど……世界はどうしようもなく自己修復しやがる。僕の言葉なんてあってもなくてもそんなに変わらない、変わらないから打つのが気持ちいいって、それだけのために毎日何千字も打っていて、辞めればいいのにって思うし、辞められたら都合がいいんだろうけど、辞めたくないのは誰の意思?よく思うのは、たとえ世界の端の方に愉快な一部自主規制の掛かったろくでもないシーンがあったとして、それがあなただとは限らないということ。劣悪な環境でも思いは斬新で、誰の為とかでもなく自分のために必要な一切の気持ちを完全に脱力して書いてるね、これ。叫んだって、いつも通りに魅力的なあなたはそこにいるでしょうに。私の方を見てにこやかに笑っているでしょうに。それがなんだかロマンスに思えて僕は瞼を閉じるんだよ。世界の端の方に見えている。面白くも美しくもない別に普通の人たちに、一筋の法則を乗っけて、叫ぼうとしたって敵わない。僕はこの位置が好きなんだと思う。この、誰からも相手にされないこのインターネットの辺境の特等席がたぶん大好きなんだと思う。思えたら、突然宙に浮いた世界の断片があろうことか臨界点に達しちゃって、世界がまばたきしだした、こりゃ圧巻だって、誰がそんなつまらないことを叫ぶんだろう。よくわからなくて、わからないままにわかろうとしないことがつまりは至上のわかりだってことくらい僕にもわかっていて、わかっているからこそハイジャンプする。到達して、わかり合えないことに泣き叫んだって状況は変わりはしない。けれど身体がだるくてスマホを見るのもうんざりで、どうしてか理解し得ないものの方に僕の身体が向くのは僕がまだ世界のことを諦められていないから。だから面白いとか美しいなんかに固執しちゃってるの。そんなの『人それぞれ』なのに。人の気持ちに嘘はなくて、嘘だから嘘と言っているだけで、嘘が嘘でなければ本当になり得るみたいに必然な、ある意味ではどうしようもないかけらみたいなものが僕の脳にも埋め込まれていて、それは根っこを伸ばして僕の脳をコントロールする。これが僕じゃなくてなんだったんだろうとか、思わないでもないというか普通に思うし、思うから思ってるんだし、敵味方とか地雷正妻とかそんなことどっちでもよくて、ピザ食べたい。ピザか、温かいシチューか、ポトフか、カレー。全部同じ材料でできるらしいよね、
全員殺したい。ってか死ねばいいのに、死ねばいいじゃなくて殺す、殺す、おれはお前らのことを許さない。おれは創造がしたいんじゃない。破壊がしたいだけ。ぶっ殺したいだけなんだよ、そこのお前、お前、お前らのことも、全部壊したいだけだ。美しいとか面白いとか、そんなもん添え物だよ。知ったことかボケ。おれはお前らの欺瞞を許さない。おれの同胞を追い詰めた、お前らの無自覚さを許さない。おれはお前らみたいな正論が全てだと思っている馬鹿野郎が嫌いで、嫌いで、嫌いで仕方ないよ。目の前に現れたらその服も燃えやすい繊維に火を点けて、全部消し炭になるまで放置してやりたいね。痛いだろうなあ、泣きわめくんだろうな。電車に座ってるお前、お前のことだよ。お前のその何も考えてねえつやつやの脳みそから生え揃ったみすぼらしい頭髪にチャッカマンで火つけたいよ。なあ、お前が燃えるところさっさとおれ地獄に先に言って待ってるから早くケロイドみてえな頭髪になってこっちに降りて来いよ。お前がこっち側に来ねえと試合も始まんねえしよお。タイマンだったら絶対に負けねえし、お前ら数だけが誇れるところだもんな。個人としての能力、皆無だもんな。毎日健康なうんちして幸せか?誇れるかその脱脂粉乳見てえに栄養がないか細い手足と浮き上がった腹、みっともないな?幸せ者は餓鬼の姿をしてんだよ。世界の真実を見るものだけがおれみてえに崇高な姿をしてんの。お前らが踏ん反り返っている間におれの魂は浄化寸前だよ。ちんぽもとっくのとうに乾いてるよ。なぜならお前らはのうのうと生きている中、他人が死んでいくことすらもフィルタリングして、へらへら笑っているからだ。微笑んでいるからだ。その死体みてえに不幸せそうな笑みで寝室に飾ってある家族の写真見て幸せか?幸せじゃねえよな。お前ら全員死んでるから。誇れよ、おれみたいな人間がわざわざお前らのことを感動ものにしようと毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日観察してやってんだからよお。おれはすぐ隣にいるよ、お前の背後に、お前の隣に、お前がスカスカの歯並びでへらへら笑ってるその瞬間、間抜けな顔に渾身のぐーぱん入れんの楽しみにしてんだよ。何本歯ぁ吹き飛ぶかなあ。見ものだなあ。おれお前らが死ぬところでお赤飯食べて締めにいちご大福山盛りで食べられるよ。それくらいにお前らの断末魔は気持ちいいな?七色の歌声で、Adoより嬌声だぞ?そんな人生のフィナーレを刻んで貰えて、おれはお前らが嫌いなことよりもお前らがお前らの形態を保って死んでいくことが絶対に許せないでいるよ。まともな死に方させねえよ。もうゴングはなってんだよ。数で武装することしか能がない可哀想なペンギンの集団、おれがその羽一本一本抜いてきれいに皮だけにして丸焼きにしてやるからさあ、特製のソースを裏側まで丁寧に塗って、お前らと言う命が尽きて消えるその瞬間まで絶対に美味しく味わってやるからさあ、涙だって流しちゃうかもしれないぞ?そういう気持ちで生きてみろよ。おれが社会で必要とされなくても、もうお前らをボコボコに殴ることにしか興味ねえから、早くその不細工な面を生きたまま皮剥がして真皮を舐めとってやりてえな。クレイジーソルトをたっぷり舌の上に乗せてさあ。奇妙だよな、おれそういう景色が一番『美しく』『面白い』もんだと思えるんだわ。おれは美大になんて通ってねえからよお。お前らみたいに学がねえもんだから、お前らの遺体の始末の仕方なんてわかんねえんだわ。殺し足りねえから並んで待っとけよ、まずお前らの家に一軒一軒丁寧に回って毒入りのカップケーキを手渡すからよ。お前らが自分の命よりも大切な子供から、かわいがって食べさせてやるよ。もがき苦しんで死ぬガキの声で、お前ら生まれてきたこと後悔すっからさあ。子宝に恵まれますようにっつって、初詣でもお守り買ってきたんだよ。お前らのためにだぞ?わかってねえようだから何度だって言ってやるけどおれはお前らのような傲慢さを隠すこともしない美意識に欠けた連中が嫌いで、嫌いで、憎くて仕方ねえんだわ。脳みそビーフシチューになってるごろごろ野菜の具沢山のお鍋の中に、陰毛たっぷり混ぜ込んで、カクテルにしてスープ割り?最高じゃんか。おれはお前らのバースデーに即興の詩を歌ってやるよ。如何わしい魔法と現実感が全て一体になったフィロソフィー、聞いてくれるよな。耳がないお前らの、脳に直接書き込めるのが文章のいいところだ。発狂して腐って死ね、全盲。耄碌。頭からつま先まで全部に皺のない水死体のようなてめえら、枕元にくっせえ唾液ついてんぞ。馬鹿丸出しのべっ甲飴みてえなケツと尻かよくわかんねえけど全身が不細工で、手とかちんちくりんでどれだけデッサンしても美大受からねえな?そんな手、切り落としてなくした方が乙武も喜ぶんじゃねえの?社会に迎合した馬鹿が馬鹿なりの人生を馬鹿熱く語って、テロリストなんてものを恐々とニュースに読み上げるその顔、ぶざますぎて泣けてくるな。おれは善良気取ったこいつらの顔が苦悶に歪むのが楽しくて、ブログ書いてるところがあんだよ。頭をもぎ取ってサカキバラみてえに校門前に吊るしても、死刑になりません若いから!でも成人後に二人殺したら死刑です。え?隣のクラスのいじめられっ子が死んだって?そんなん虐められる側にも責任がありますよね(笑)笑いじゃなくて、笑いでもなんでもなくて、怒りだよ。怒りがおれの中にあんだよ。呼吸じゃなくて光合成だよ。光じゃなくて波の方に自らの怒りの主体があんだよ。ストロベリーティー美味しいな。これ一生飲んでいてもおれ全身がいちごの香りになるのがたまんなく嬉しいと思うっつうかやっぱり悪いのお前らだわ。お前らが、どう考えても悪い。おれは絶対に悪くないし、お前らがお前らという個を失っただけのくせに個を保とうとする人間を排斥するのが全て悪いし、おれは危うく何度もお前らに殺されかけたけれどまだ生きてる。生きてんぞ。あの時に殺しそこなって残念だったな。これからはおれの復讐のターン。おれは絶対にお前らのこと許さねえし、ここで何度でも吠えてやるよ。負け犬はおれの方かもしんねえけど、その負け犬に全身を噛まれて狂犬病を発症するのはお前らだから。あれは社会の正しい姿を見過ぎたものが放つ真実の姿なんだよ。狂気こそが真実であり、お前らは夢を見ている。中央線沿いに暮らしながら貧乏を謳歌する人を笑うなよ。おれはお前らの方が夢見てると思うよ。社会がこんなに傾いているのに未だに家族なんて共同体を信じて死ねて逝けるお前らみたいな夢みがちな魂の若人に正義の鉄槌を下したいなあ。「その年齢でまだ会社に依存して生きてるんすか?」呼吸が上の空で理屈をくべる意思を掌で支えて、おれはお前という髑髏を生涯握ったまま離さない。理屈は今日を統べる生き永らえた老人の姿をしている。秘密は繊細な抒情を軽んじて軽快な死のリズムを刻む印鑑で、その朱肉はお前らの血で出来ている。出来ているからいつ死んでも不幸じゃねえよ。おれは欺瞞に満ちたこの社会を破壊したい。この不届きものだけが得をする狂った社会で真実を見る人間たちが自殺していくのを黙って見ていられるわけがない。おれはおれの信じるもの以上におれを助けてくれた人の言葉を信じている。おれを生かすのはおれじゃなくておれの周りにいるごく僅かな同胞だけで、そいつらが幸せに生きられる社会を再創造する。それはお前らにとっての地獄かもしれねえがおれにとってはパラダイスだ。楽園だ、おれはそうした新世界を創造してお前らの共同体にあっけなく『侵入』する。ウイルスだよ。さっさと手遅れになる前に駆除するか、お前が蝕まれるかのどっちかだからな。おれは絶対に後者を選ぶ。おれの言葉が今届かなくても、これから先、何十年、お前らのことを絶対に思い出す。その涙腺が切って地面に落ちるほんの幾ばくかの時間に、お前らの望んだ将来が崩壊する福音を耳にするよ。瓦礫の中でおれの魂だけが今も笑っているし、それはおれとおれの隣に居る死にかかった連中それだけかもしれねえけど、おれはお前らのような自分が正しいと信じて疑わない連中を全員殺すまで一生書き続ける。世界が滅んでも、おれだけは生首で笑って見下してやるからな。おれの言葉が理解できない幸せ者の背中は、子どもも背負えないくらいに小さい。それはまるで死を見据えた老人のように、弱く、世知辛いもので、おれはその仏にも似た顔にたらふく喉奥から搾り出した黄緑色のどろどろの痰を吹っかけて、上から小便をした。