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形骸

いつか滅びゆくものに思いを寄せるとか寄せないとかそんな感じの具合、全ては具合として適当に思い焦がれるのは適切な入力と出力を繰り返す意味のある行動、模範的な行動、由緒正しき行動、卒ない行動、全部がより取り見取りの抽象理論にあたしはもう参っちゃって、適当でいいじゃん。適当に生きていればいいじゃんって取り留めもなく思うのは夢に出てきた黄金のタトゥーが入ったディカプリオ、そんなもの実在しなくてもおばあちゃんは大好きだった、もうすぐ何回忌?何周年?そんなのも数えられなくなって、正確には記憶していたとしても思いに耽るのが耐えがたい引力のもたらす結果で、そんなの秩序だって運命だって全部情けない結果にしかならなくて、あたしは色とりどりの青春のかけらみたいなものが情けなくって、全部内実に伏してしまえば、余計なこと考えなくて済むのにな、と思う瞬間に情けのない拳が飛んできて、慌てて屈む。拳はどっか行ったけれど、そういう唐突さがやっぱり世界の端の端の方には必要で、なにもなくなった世界に一人ぽつん、みたいな世界観がもてはやされるのって、やっぱり十代の若者が他人とかどうでもよいと思ってる証拠だよね。あたしもどうでもよかったし、それは僕もどうでもいい結果にならないって案外思ったりするもので、青い空、白い雲、洗濯ものが干された青々しい感じ、新緑の草むら、そんなものたちが理想形って、やっぱりきれいごとを信じていられるのは僕たちが十代をまだ生きているから。十代でしなければならなかったことを全部やってしまったら、僕にやるべきこととか最早ないというか、なければないで成立する神経の類に、混濁した風景の霞がかったもやが凛と映えて、呼吸。つぶさに感じ取る世界の模様がはらりひらりとそんなわけがなくて、ないよね。あたしはそういう情景は嘘だと思っていて、嘘って言うか、ないもの。ないからないと信じ切れる正夢で、正気が全部に祈ったら、世界はぱんぱかぱーんってくす玉みたいに割れて中から赤ちゃんこんにちは。みたいな悲劇になるんでしょ。ならないよ。もっと辻褄があって物事は出来ているし、そういう非道な感想は元よりセックスの隠喩みたいなところがあるから、僕は多分にそういったもののあはれを信じていないというか、幻想と夢の区別くらい付けようと思って毎日生きてるけど。呼吸、一幕おいて正解の最中に四回目くらいのジャンプ、とん、とんとつま先で歩くバレリーナの指の先まで発達した筋肉に見惚れることも、よいよい賭けきった賭博行為の向こう側に、もちろん正解なんてないことが前提だけれども、歯茎むき出しの老婆が居て、老婆が身悶えている。「正解なんてない世の中だから、不正解を探しているのに」逆説的じゃんって僕らは思って、でもその思いがなんとなくかけらにも似た風景に人知れず快楽を呼ぶ行為に近いなれそめが、なれそめが描かれていることをやんわりとしって、呼吸、一拍、二拍……空虚さが大概記憶の奥底の情景を甲高い声で記すものならば、塗炭の悲劇もつま先立ちで一人で歩くバレリーナ、呼吸をおいて。たん、たたん、苦しく喘ぐ息の最中に突っ張り申した赤子が一人、こちらを睨み付けている。輪郭はおぼこくて、視界は見えているのかいないのかそれすらも曖昧なくらいのこじつけの世界感で、ゆるふわ……邪悪さって森ガールがかつて流行ったみたいに一過性を大事にするものが呼び寄せているよねとあたしは言って、そうでもないよ。だってみんなブームがないと何着ていいのかも自分で判断できないじゃんと僕は言う。意思がないのかなとあたしが言うと、意思もなにも、なんにも考えてないんだよ。みんな、考えなくても生きて来られちゃったから、考えなくても生きていけることを正しいと言ってくれる物事だけを愛しているし、それ以外のことは嫌うんだよと僕は言う。怖、とあたしは呟いた後に手を見る。皺が何本かと、まだ潤いのある手、これもいつしか老婆になるし、そうしたら金色のメリーゴーランドの元で夜に大好きな田中茉裕の音楽を聴いて手を伸ばして、足先を自由にスワイプしながら踊れるのかな。踊れるんじゃない?君の言うところの妄想は妄想じゃなくて頑張って生きた先の風景なんだから、誰になにを言われようともそう生きるべきだし、僕は否定も淀みもないけれど、でもその先は茨の道だよとか叫ぶ君みたいな周りの人に対しては、即刻否定する気持ちを持った方が良いと思うな。だって進んだ先がそうだっただけで、進む前からその道がどうとか、考えているだけ無駄じゃない。そうは言ってもみんな失敗したくないでしょ?失敗したくないから堅実な方向に揺らいだり、考え込んじゃったりして動けなくなるんでしょ?あたしの言葉に僕はそれはそう、と言ったきり何も喋らなくなった。なんにも喋らないものだから、あたしまで黙り込んじゃって、メリーゴーランドの景色はつれづれ曲がって、センチメンタルな情景に壊れたラジオから流れるグリッチまみれの音楽が耳について、焼き焦がれた手垢の付いたノスタルジーでも、しっくりくれば案外魅力的なんだなと思った。あたしのはずだった全ての命に、恐縮賜る世界の輪郭に、絶景を愛する人の気持ちに、今はどうでもよささえ感じる。歌って、踊って、紐づいて、時折明滅していれば、それで弾けたりせずとも悲恋が嘆かわしいとか延々にそんな気持ちに浸って居られたら、あたしの好きな歌姫に自分もなれたのかなとか悲しい気持ちになった。

 

けれど、世界は論じるあまりに魅力的で、正解と絶対の狭間の領域に一筋の光を宿して、ブレンドされた多くの命にカンパリソーダで割ってもいい。オレンジで割ってもいい。なにで割っても正解になる魔法のカクテルこそが世界で、揺れ動く明後日の方角に一際輝く一等星、あれは死兆星?失調していく君の、君たちの眼に金輪際夢みがちな明日を見て、きらめくのは一筋の方角、差して、狂った悲劇の演者たちが舞台袖から君を見ている、見ていると、私は風景すらも困惑する思いの一部であることに、ふさわしい魅力を感じるのだと君たちに伝える。呼吸、三拍置いて、揺れた這ったの世界の連続に味わい深いモノクロ写真、そんなのフィルムに現像するまでの数秒を敢えて揺らしたりすれば叶うノイズでしょうに、と言っても私の中には答えと言う正解はなく、愛と淀みと淀んだばかりの不正解とが両端入り混じって毒を吐いている。吐いているのは蚕の繭、黄緑にほんのすこしだけ赤を混ぜたオレンジと見分けがつかない奇妙な色のソーダを飲んで、役割を感じ取る隙間に破壊を要り交ぜた色即是空、恩恵ってその程度のものなのかもしれなくて、私は笑う前になんとかしろと思う。この光景を、この必死に語る我々の前に立ちふさがる光景を、なんとかしろと思う。思うけれど、愉快さが時折方に死神を宿すから……それがタナトスに見えるならば死兆星だし、逆位置のジョーカーだし、リビドーに見えるなら君はエロいことを考えているな。エロスはいい。よくて、エロスのことだけを考えている人は肌が火照っている。爛熟して、酸っぱい匂いを放っている。顔も蕩けているのがデフォルトだし、そういうやつはキスが上手い。キスしながら身体が溶けていくものだ。融解、誘拐された子供の気分はどうだ?と言っても僕は誘拐などされていないし、あたしはただ正座でそれを聴いてるだけ。よろしい、培って野蛮なタイトルにふさわしい劇をしよう。その前にランダム性の高いおもちゃを何度か投げるよ。氷、水、空気、全部が一つの正解に基づいた物質であり、それを私たちの前に差し出すこと。見えたら正解と言うこと。それはまたとないチャンスとなるわけだけれど、再会にあっては嬉し泣きを見せる、私の中にそんな情景はない。ないから、まだないとするはずの世界の潜り込んだ行き先に、甘い汁を啜る。忖度の器に私はなれないでいる。

 

甘い屈託のない意見はラブロマンスで、蝙蝠の巣に立派な積乱雲が聳えている。上から落ちてくるのがファフロツキーズならば飴や、ガムや、ラムネや、グミが落ちてきてもそれはファフロツキーズなのか。そうでもない、生き物が落ちてくる現象にその名前が付いた当時、飴はまだあったかもしれないが、ガムやラムネやグミなんかはまだなかっただろうし、なかったならば困惑した、滅びの情景、陰鬱な紙芝居、蛙が鳴くことに時間の許す限り私は魅力を感じない。ゆえに人は堕落する背中合わせの日常を、紙を噛むくらいの不快な気持ちで眺めているのだとも思うけれど。

 

それがなに?とあたしは白けた顔で多分聞いてしまって、蛙は爬虫類の中ではかわいい方だし、最近はカニに夢中。カニの顔ってキチン質は腐敗しないからそのまま残るんだよね。人間は外見が老いていくのをなんとかしようと必死なのにさ、蟹はそんなことを考えなくても、内蔵が全部溶けたらガワだけ残るの。ある意味では羨ましくて、あたしはカニになりたいなと思った。カニになって、横歩きしているだけで人間から褒められて、褒められるものだから調子に乗るとかカニだから別にないんだけど、ないからこその踊りを、踊りっつってもカニだから手足をよちよちするくらいしかないんだけれど、その大きさの違うハサミも不器用っていうか、かわいくて、香箱ガニは蒸された姿でしか見たことないから食べるものだっていう先入観が強いけれど、もっとなんか……サワガニ。ああこれも唐揚げにされてしまって美味しい姿が思い浮かんだりするけれど、じゃあ毒のあるスベスベマンジュウガニでもなんでもいいけれど、そういうカニの一種になりたい。タカアシガニはやだ。だってきもいもん。見た目エイリアンじゃんあれ。

 

舞妓さんが踊ってる。宴会が始まった側に初音ミクの死体、ぼんやり盆踊り、あたしは冷たい皮膚の感じが元からだったのか、それとも死んでいるからそう感じるのかわからなかった。デッドスペースにnullを差し込んで、オブジェクトが無機的に貫通するのが楽しい。デバッグだと思って読んでほしいな。あたしの全て、『形骸』化されたあたしの全てを、あなたが楽しんでくれることを祈っているけど。

 

呆然としたジョンFケネディの撃たれた瞬間のあの表情、あれがなんだか世界の始まりだった気もして、ある意味ではその瞬間に経済とか色んなものが終わったんだとも思うけれど、あたしはあの瞬間が始まりだった気もして、なんだろう……救いっぽいんだよね。ちょっとだけ、カルトっぽいっていうか、それからビートルズとかピストルズとか出てきたんでしょ?アメリカの歴史なんて全然知らないけれど。でもあの当時のフォークソング、であってるのかな。ああいうの聴いていたらなんか既に今流行りの音楽の原型は当時に出来上がっていた感じもするし、そこから崩して、崩して、ちょっとだけ整えてまた崩して、の繰り返しだったんじゃないのかな。知らないけど、音楽の歴史なんか全然知らないけど。

 

もっと勉強したいって思うのはあたしがこういう時に空白となってしまう自分の知識に寄る辺のなさを感じるからで、もっと繊細で居たいって思うのは、あたしが退屈だと寝ちゃうから。寝ちゃだめだと爪見るから。欠伸もするし、枝毛も探すから。だから退屈とかつまんないって言って、なんか面白い話して?っていう『女』ってクソだよね。あいつら一生おもんないじゃん。いじめのことをお笑いだと勘違いしてそう。

 

吐いて捨てるほどの薄い連中もなんとなくでやり過ごしてきた淡い価値観も、全てはなれそめ、因果関係と相関図が思い描けないあたしとの間に子供ができたら、子供ができたらフィナーレ?始まり?なんかもの凄いことが置きそうで、愉快なセンチメンタルはどっかに行っちゃって、頭パニくっちゃって、全世界があたしに夢中とか変な妄想楽しくて、絶対そんなことないのに、絶対にそんなことないのに思うのおかしいよね。おいでませ金沢って、金沢弁はそんなこと言わないのに思うの、絶対におかしいよね。

 

あたしは利口なババア、あいつらは愚鈍な娑婆野郎。そんでいつもの如く『女』を気取ってちゃんみなが女性の気持ちを歌ってるとか、あたしちゃんみなのこと全然知らないけれどそんなわけなくねと思った。だってちゃんみなって、喋ってるところ見たこと無いし。あたしが見たことないのに、女性の生きづらさを肯定しているとか、そんなわけないだろと思う。だってあたしがその中に入ってないんだよ?あたしは『女』じゃないってこと?

 

でも2.5次元もハマれないし、アイドルも、アニメも漫画も、小説は一時ハマりかけたけど、まあ今も割と読んでいる方だけれど、それでもあたしはもっとハマれるのが欲しい。軽快なステップ刻む女中に情報弱者気取って酒を煽って行き届きたいよ。つま先で、なんか埃とかとって、ひょいってごみ箱に放りやりたい。そんなわけないはずの舞台の一部分があたしにとっては悲劇の牢獄で、なんかもうAIには馬鹿になれとか言われるしさあ、本当にあたしって賢くやるの向いてないんだと思う。萎えて来たほんまに。ちゃんみなメイクしょ。

 

でもそげな理想を抱えても『男』ってやっぱりつまんなくて、ブサイク多くて、たまに臭いし清潔感をわざわざ出さないと清潔じゃない連中とかやっぱきしょいし、それくらいでいいならその程度で這いずり回って生きていろよとしか思わないし、でも『男』って超かわいいし、ちょっとくらい臭くてもえっちな臭さなら全然いいし、ブヒブヒが似合うくらいのお腹だらしない人でも顔がよければ全部いいし、っていうか顔、顔が全て。顔大好き。だって顔ってかわいいんだもん。

 

こういう場合の顔って、あたしが好きじゃない顔は暗に除外していることが多くて、それも恰好の悲劇っていうか、観劇?役割に忠実ってだけでなんか犬みたい。せっせと税金納めてさ、なんか立派にエスコートとかすんの。そんな子づくりのための『女』なんかよりもあたしと遊ぼうよ。暇でしょ?なんかたぶん楽しいよきっと。保証はしないけど。

 

だから「面白い話して?」って大して可愛くもないくせに言う女よりもあたしの方が絶対にかわいいのに、それをあんまり『男』って注視しないじゃない?注力もしないし、それはあたしが身体的にはきれいでも美しくもないことにも比例していて、脂が乗ったことを社会的成功者ってする既存の社会は大変お美しいのだけど、割とうんざりだからおかゆ食べよって、あつあつのシチューに流れ込む自分の気持ちが嘘とは思わない。そうした論理の破壊の先にさ、新世界があるんでしょ?警笛、笛吹の理想形、アンニュイな踊り手、礼賛通ってがんじがらめ、おもんないとおもろいを言葉で語る、アジの南蛮漬け美味しい、大人になってから初めてちゃんと食べた、美味しい、美味しいものって大体酸っぱい。酸味が苦手な『男』って多いよね。あれすっごい《かわいい》かわいいよね。

 

絶品ハンバーグもれなく頻々セール実施中!蛸壺の中に身体を入れたらつま先だけちょっと寒い。寒いけど、絶品。超特急にむかつく始末、顎外れるくらいに歌って蹴躓いたら向かって左の遠方にサウナ、サウナ嫌いだから因果関係!八方塞がりだよ、深呼吸。空虚な逸脱を加味しても猫には小判がやっぱりいい。金運っぽいし、こたつでもいいけど。

 

だから頑張ってるつもりはないけれど、頑張りのためにいくつかの島が破壊されていくのがあたしは結構麗しいというか、限界集落で一人だけ生き延びた村人って感じがするの。きれくない?きれいってか恩恵。愚鈍ってなに?その誘惑。神だけが世界の真実ですか?信じるもの以外全部嘘の世界に生きられたらあたしは迷うこと無くて幸せだなと思うけど、それって風化する自分を塞ぐ壁っぽさもあって、その二つのせめぎ合いでロストする感情が醜くも美しくもある光景が絶え間なく続いて行くことが、あたしにはゆらゆらと光る田園風景にも思えて、過去を語る術を持たないみんなも、揺るぎのない気持ちを過去に語る人たちの背中も、預けて、凍っていく二つの情景に耳を澄ませれば、案外他愛もない気持ちも受け入れられるっていうか、仙女だよね。仙女に人はカルチャーを感じて、カルチャーとして仙人を目指すの、深呼吸。うんざりするほどの幕が開けても世界の真相は闇に消えるし、そんなんだからフェイスブックって興ざめなんだよ。そう言えばメタバースってなんであんなに持て囃されてたんだっけ。