恥ずかしさの第一関節が折れている。根元から、ぐきりと折れ曲がってしまい、私の背筋は曲がっているし、身体は常に前傾姿勢をとるし、腕は常に居心地が悪そうな態度で身体の周りをうろちょろする。して、邪魔になりそうな雰囲気を察すると身を捩る。身体ごと横にずらして、邪魔にならないように態度で務めるのだけど、こういった他者に対しての的確な位置からほんの少しはみ出しながら生きている実感が常々あるからこそ、私に対するなにかしらの思惟を感じ取ったとしても、それは私に必要なことではないと単に言い切る不足がないことに自らの態度を置き直す。不足がないということは、私が間違っていないということで、しかしながら間違っていないという態度はそれそのものが間違っているがゆえに、態度を変えられない。これは困ったもので、私は間違っていないことをしているはずが、間違っていることが多くある。例えば良かれと思って人に伝えたことが喜ばれていないと雰囲気でわかった時。私は回避の仕方として、瞬発的に「もう関わるの止めよう」と思ってしまうのだけど、これが認知の歪みでなければなんになるのだろう?止めようと思って止められる関係ならば私はその人に対してやらかしたなどと思うはずもないし、思っていないのにも関わらず止めようと上からの態度でそう言い切ってしまえるのであれば、それは私がその人のことを軽んじていることに他ならない。私は『失敗した時の子供』なのだ。ああもうミスった、だから止めようと素直に言えてしまうのは、もれなく素直じゃないからで、素直に人に対して好意を示して関係性が続くように邁進できるならば私は失敗した時にだって素直に申し訳ないと思って謝ることができるはずだし、それができないから、出来ない故に大層傲慢な態度に出る。失脚もいいところで、私は取り返しがいくらでもつく事態に対してほど、即どうしようもないと諦める癖が強く、逆に取り返しがつかないくらいの大惨事をやらかしてしまった日には全部がどうでもよくなる。知るか、と思う。思って、大抵の場合その場から逃げ出す。私のやっていることというのはもれなく責任回避の黄金パターンというか、あまり公然で良いと言えないような摩擦熱を生み出すことにだけ苦心するような体たらくさ、と自らを卑下することで安寧を得ようとする浅ましさ、それら全てが同居し、私という『だらしなさ』を生み出している。そう、私はだらしないのだ。
以前は体形もだらしなかった。身長で体重を引いても九十を下回ることもあったし、会社の昼食を考えたく無さすぎて、毎日マクドナルドを食べていたこともあった。運動は当然しないし、する意味がわからなかったし、汗をかくことも嫌な私は、みるみるうちに太った。昔は食べても食べても痩せていくことの意味が分からず、体重を頑張って六十五キロに増やすことを目標にデブエットしていたこともあったというのに、一時期は九十キロ目前まで体重が増えた。筋肉があるならまだしも、私は運動が大の苦手で、しなかったものだからほぼ純粋に脂肪だけでそれくらいあったのだ。鏡を見れない時期も続いた。醜く肥えている自分の顎のラインを見るだけで、人生ごとやり直したくもなってくるものだから、見ないようにしていたら見ないことが原因して余計に太った。しかし、大抵の会社員は太ると態度もでかくなるし、所謂『オヤジ』化するのが一般的だと思われるが、私はオヤジになれず、なんなら男子トイレですら個室にしか入らない。人前でおならできない。なるべく太った腹を見せないように常に引っ込ます、など内面性だけは可憐だったからこそ、そのアンビバレントさが楽曲ならいざ知らず、社会人としては舐められまくった。もういいや、と思ってどうでもよくなって自暴自棄に暮らしていたある日、鏡に映る自分の姿を見て本当にげんなりした。
目的も意義もなく生きると、人は醜くなる。私はなにかするにも人との共通事項を常に探していたし、それはわかってもらいたいという下賤な発想によるもので、私は他者にわかってもらおうとしていた。それが自分という大層不気味な存在から、その自我の拠り所になんらかの示しを付けたいと常々考えていて、だからこそ懸命にもがき、自活できるくらいの経済力を身に付けた、というところまではよかったのだけど、私は結局会社員に馴染めず、馴染めないものだから外部からの力に頼って無理やり馴染もうとしていた。薬、酒、ギャンブル……どう頑張っても適合してくれない身体に思い切り外圧を掛けて、じっくりローストした結果、私はこんがり照り焼きチキンになったわけなのだし、そのぶよぶよとだらしのない体つきなのであれば逆にいっそオヤジ化して、周りから疎まれながらもせめて社会人のごく普通の存在になれればよかったのに、それすらできず、できないからなんかまだクリエイティブの道があるかもと錯覚して少し絵を描いてみたり、文章を書いてみたり、知的活動として読書に耽ってみたり、してみたものの私はどこかで芯が折れていた。なよなよだった。その魚の小骨みたいな矮小な精神性を全肯定してくれるよすがを探していた。けれどそれはただの『甘え』であり、私は誰かからだらしない自分を肯定してもらいたかった。それは傍から見ればごく普通の気持ちなのだろうけれど、”私の場合は”なぜか当てはまらなかった。私の身体は、普通を望めば望むほどに醜く膨れ上がっていったし、それはある意味では適応障害的な反応を身体が示していたとも言えるのだけど、私はそのことに無頓着だった。別に恥ずかしくなかったものだから、なんとかその道にしがみつこうとした。けれど人は間違った道に進むとより戻しされるみたいで、私は周りからの反応で薄々自分がよくない状況に居るのだと言うことを察した。というのも私は友達から邪険に扱われ始めた。例えばそれまでは中の良かった友達が、カラオケに行っている間になぜか乱暴に私の身体を蹴り始め、「酔うと足が出るのよ」と言い訳を始めたことであったり、プールに出かけた時に恐らく自分の身体がだらしないことを自覚しつつも、誰もなんにも咎めずに、ただ体よく年上だからということでやんわりとその場に居させてもらえたことであったり、会社の先輩に「腹出過ぎでしょ」とマジの素の表情でぽろっと言われてしまったことであったり、とにかく体形が醜くなると人はあからさまに周りの反応が変わるものなのだ、ということを自覚した。とは言っても、私は痩せるためになにかしようとは思えなかったし、というよりは目的がなかった。人生を、ただなんとなく生きていた。生きて、自分のパーソナリティを言い訳にして、時折頑張ってみるふりに執着していた。それは恐らくだけれど、もっとも醜い姿なのだろう。欠点を無くそうとする人の姿というのはそれだけで万死に値する罪なのだと思えるし、私は緩慢な自殺に近い日々を過ごした。それである日、なんか唐突にそれを辞めてみたくなった。
性対象には困らなかった。男性同性愛者というのは太っていてもそれなりに需要があるから、それなりの性活動を行うことができた。ただ、私はデブ専に好まれるほどの立派な体格でもなく、本当に中途半端だったから一回セックスしてそれきり、ということも多かったし、みんな私の腹を見てなにか思うことはあったのだと思うけれど、私はまあいいか。とそれすらも『羞恥』しなかった。本当に気が付いていなかった、自分のヤバさに。人の反応が露骨に変わったことにすら、私は緩慢な態度を取り続けた。それで、何度か出会いアプリでの性交を繰り返していく内に、このままではよくないのかもしれないと思った。
私には当時服薬していた薬があったのだけど、思い切って自主判断で減薬してみた。するとみるみるうちに痩せてきて、顔がほっそりし始めた。人間というのは考えると顔が引き締まるのだ。頬にも陰影が落ち、首回りも段々と元の自分の姿に近づき始めた。その代わりに今までに得ていたような安寧はどこかに崩れ去っていき、私はてんやわんやの大渋滞、大変な騒ぎの中の頭の状態で生きることを余儀なくされた。しかし、私はその状態の方がマシに思えた。あんな風に目的も意義もなく、生きることだけが出来ているような豚同然の生活には耐えられなかった。『生きてるだけで丸儲け』なんて言葉も世の中にはあるけれど、あんなのは嘘で、人間は考えなければならないのだ。考えて、目的を見つけ、取捨選択し、自らの人生を研ぎ澄ましながら生きて行かなければ本当に邪険に扱われてしまう。「逃げてもいいよ」なんて言説も当時流行りまくっていたけれど、あれも嘘だと思えた。ああやって甘い話や聞こえのいい言葉だけを言う人たちを全員詐欺師だと思った。私は社会の欺瞞や不義理に対して怒りの感情をあらわにし出した。それと同時に、猛烈に恥ずかしくもなった。恥を覚えた。こんなだらしのない体や、生活に耐えられなくなった。もっと真剣に、自分を変えたいと切に願った。
社会に適合しようとして飲み始めた薬で、自分が醜くなることが大層不愉快で、それならば薬を飲まなければいいじゃんとあっさり言える人はそもそもで健康なのだろう。私も健康だけど、私が健康で居る様は社会にとって酷く迷惑であり、直さなければいけないものとして取り扱われるから仕方なく私は薬を飲んでいただけで、飲まなくても適合できるならば飲んでいなかったし、あそこまで醜く身体が肥えたのも、考えなくなったからだ。思考は人を痩せさせる。頭を使うだけで人はカロリーを消費できる。その当たり前のサイクルを社会なるものに気を遣って止めてしまったのだから、私が醜くなるのも当然だった。それになにより、私は醜い自分が自分だと思えなかった。どこか、ハルクマスクを被った道化師さながら、『本当の自分はこんなものではない』という内なる声を信じ続けた。私は結局安寧が似合わない人なのだ。それを自覚したからと言って、安寧なしで生きるのは辛い。だからどうにか人は折り合いをつけていくのだと思うけれど……私は安寧を求め過ぎていた自分に気付いた。考えながらでも、他の人と違っても、生きる術はどこかにあるのだと。その道を模索するほかに美しく生きることなどできないのではないかと思えた。
それからは何度も失敗を重ね、私という生き物は考えれば考えるほどに社会からはみ出ていく人物のようで、小さく死ぬほどの苦しみや痛みを味わいながら、時に猛烈に恥ずかしくなる自分の気持ちをなんだか『美味しい』と思った。感情って美味しいのだ。なんか、美味しいものを食べた時のような感動が身体全体に染みていくようで、それは身を引き裂くほどの苦痛も同時に連れてくるような、幸福との引換券でもあったりするのだけど、その味を思い出したら、あの太っていた時期の自分がどれほど無味乾燥した日々を送っていたのかを想像して身震いする。あんな体形で外をほっつき歩いていたのだ、私は。信じられないし、信じたくもないし、しかしその時の周りの人たちはそれでも私と付き合いを続けてくれていたのだから、私はそのことに対して感謝を本来はしなければならないはずなのだけど……今『正常』になった私は、正気の頭でこう考える。”その時の私は周りの人たちに見殺しにされていた。”人は結局なるようにしかならない生き物なのだから、大して私に興味がない人は、私に対して本気で怒ったりしてくれない。だからこそ、私は会社の人間にぶくぶく太っていく姿を「弊社らしくなってきたね」などと笑って言われ続けていたのだ。
そんな中で、身体を蹴ってくれた人、腹出過ぎだよと注意してくれた人、それから私の書いたものを注意してくれた人、それらはみな本当に私の味方であるべき人たちだったのだろうけれど、私はそのことに感謝をしない。感謝をする必要はなく、変わればいいだけの話だ。私はその人たちが付き合いを続けていてよかったな、と思えるくらいに自分が魅力的で居られればそれが最大の恩返しになることを肌感覚で知っていて、あの時はそれを忘れていただけだった。と邪推をしてみるけれど、それは決して邪な考えなどではなく、いたって普通の、みながそうするように私もそうしていたというそれだけの行いなのであり、私は羞恥心を失った時期にコロナウイルスが流行ってよかったと思っている。あの時、世界中がマスク姿になったのは、醜い私の姿を世界に拡散しないためだ、なんて妄言すらも言えてしまうくらいには自分と重なる部分が大きい。
私は醜い自分を本来の姿だと思えなかった人だけれど、逆の人もいるのかもしれない。例えばコロナが終わった後もマスクをし続ける女性社員が居る。私はその人のコンプレックスが手に取るようにわかるし、『マスク美人』なんて言葉もあるくらいには、きれいな部分だけを切り取ることは簡単なのだ。全然難しくなどなく、むしろ醜さをさらけ出せる人の方が格上、なんて感覚も世の中には転がっているけれど、まさにそうで私たちは矮小な人間なのだ。醜い姿を自分の本来の姿だと思えないでいる。それはすっぴんはみんなブス、と思っている人からしたら至極理解しがたい考えのようにも思えるけれど、私たちにとっては自然なことで、人の善性を信じているのだ。私は、性善説を信じている人間だ。それが決定的に社会から浮いてしまうことを自覚することも幾ばくかあるのだけれど、きれいごととしてそれを表現しようとは思わない。私の中にある善性が、他者の善性と響く。それはつまり嘘がないということなのだけど、嘘がない世界が私にとっては理想というそれだけのことで、しかしそれがいかに残酷な響きを持つ言葉かというのも同時に理解している。
あの女性社員に「なんでずっとマスク付けてるんですか」と聞くのは簡単だろうし、それに対してその人が笑って「なんででしょうね。癖ですかね」と言葉を濁して伝えてくることも想像がつく。けれども私がもしそんなことを伝えてしまった時に、その女性社員は家で独りになった時に、こう思うに違いない。「恥ずかしいな」って。
それが残酷だとわかっているからこそ、私は本来の姿で生きられない人のことを見守ろうと思う。黙って、手出しはしない。ただ見つめ続ける。見て、感じたことをその人には伝えない。ただこうやって、その人の預かり知らないところで密かな活動の糧として勝手に使うだけだ。取材、と言えば作家らしいとも言えるのだけれど、私は今のところなんの実績もないただの素人だ。その素人がこんなことを書いているそれ自体がかなり『羞恥』するべき事柄なようにも思えるけれど……私は今それに対しての羞恥心がないのだ。醜く出た腹のような文章をひたすらに書き続けている。それがこの世のなんのためであるかなど振り返りもせずに、ただ生きるように生きている。それが内実弛まぬ心地よさを持って我が身を包み込むことを『独りよがり』と形容されれば「そうだよ」と返す。「私はこれが気持ちいいからやっているの。あなたには関係ない」言われたその人の優しさを踏みにじって、私は今日も鋭利に言葉という外見を研ぎ澄まし続けている。