とある人の訃報を聞いた。それは自分にとっては大したことのない、他愛もない、別に造作もなければ感慨もない、ありふれた日常の出来事のはずで、しかし私にはそのニュースを聞いた時に、腹の底が冷える感じ、他人事とは思えない寒さを、身体の芯から感じ取って、それは私という人間が他になんの秀でたものもなく、かつ哀愁で人を引き付ける才能にも恵まれなかったからという、よくある謙遜の類ではなく、純粋に心から、その人の死が自分のことのように思えた。
私にはそのとき恋人が居て、一緒に群馬に旅行に来ていた。二人でごく普通の旅館に泊まり、少し浮薄な行為もして、ふかふかのベッドで、愛想よく戯れたり、これからのことを語り合ったりした。私には当時、自分の中にある隙間を埋める方法がわからず、埋め方を知らないから自分自身のことも大して頑張ろうとは思えず、ただ無為に過ごす時間に埋没することが私の理想だったのであり、逃げ道だったのであり、同時に存在する矛盾した気持ちを抱えるための、生きるよすがそのものだった。
彼はとびきりかわいい男の子で、男の子らしい仕草に、男の子らしい風貌、しかしあどけない要素を持ち合わせていて、私はなんというかこの人に性器が存在していないと言われても、別に本当のこととして受け止められるような気がした。「かわいい」何度もそう呟く私に対して、彼は本当のところを常に見せないでいた。その本当さとは、今思えば出せば裏切られる類のあっけのないものだったとしてもだ。
草津は過ごしやすく、七月だと言うのに気温は二十度程度に収まり、避暑地にもなっているのか、温泉街自体が山の中の窪みに出来ているお陰で、そこだけ桃源郷のような装いを夜に醸した。こざっぱりしたデザインの、割と新しめな看板が映えるお店なんかもあって、観光地って進化しているんだなとか、変に都会人ぶった想像もするくらいには、私は草津の雰囲気が好きだった。
強い硫黄の香る湯畑の前で、二人で写真を撮った。なんとなく人に撮ってもらう気にはなれず、彼の持っていた良いカメラでセルフィーを試みたりもしたけれど、結局うまく行かず、私たちは片方ずつ二人で写真を撮った。出来上がった私の写真は、あまりよく映っておらず、二重顎の作り笑いを浮かべた私に彼は「いいじゃん」とだけ言った。こういう時、よくないと思うのは自分だけなのだ。
旅館について、ひと段落したのと同時に従業員のほとんどが外国人であったことに多少驚きつつも、日本風な情緒に身を浸すのは心地よく、旅館の食事も、大人になってからは食べられるようになったけれど、昔は苦手なものばかりだと思っていたその食事の良さに気付けるようになってからは、私は満足しながら食べた。彼は独特な風味がするものを好まず、顔をしかめながらサザエの刺身を口に入れていた。
ハンバーグや、卵焼きや、ウインナー。そんな子供らしい食べ物ばかりが好きな彼に対して、私は酸味のあるものや、苦みが多少入った珍しい味を好む傾向があり、その折り合いの付かなさが、当時はギャップだと思えて心地よかった。
訃報のニュースが飛び込んできたのは、夕飯を食べ終わり、これから風呂に入ろうかと思う一息前くらいのタイミングだった。そのニュースには当時、私たちが当たり前に目にしていた芸能人の名前と、その人が自室で自死を試みたことがわかる、簡潔な記載がなされていた。なんのことかすぐにわかった。その人の名前は、その人は、私はよく知っている人だったからだ。
りゅうちぇる。私はその人の名前や活動をよく知っていた。調べてもいたし、個人名義のYouTubeも好んで見ていた。結構鋭いことを言うくせに、本人の風貌は至って奇抜で、沖縄出身の独特な訛りに、持ち前の明るさと愛嬌で、人を虜にし、その勢いを加速させられるだけのポップアイコンとしての優れた才能の持ち主だった。私は、りゅうちぇるの言っていることがよくわかったし、ただ彼が、当時インターネットで叩かれていたことはよく覚えている。奥さんに対して不誠実だとか、過去の発言との矛盾点を指摘する匿名の声に、りゅうちぇる本人が深く悩んでいたことは想像に容易い。
けれど、私は当時なんの心配もしなかった。大丈夫かな?くらいには考えていたけれど、考えても仕方のないことだと割り切っていたし、私はりゅうちぇると何のかかわりもない身だからと、それ以上のことを深く考えることはしなかった。
でも、そのニュースを見た時に、自分の中から身の毛もよだつ感覚が襲ってきて、私は咄嗟に彼に、「りゅうちぇる、死んじゃった」と告げた。彼は「そうなんだ」とだけ言い、そのニュースに特に関心を示さなかった。
私の大丈夫かな?という思いは、言ってしまえばなんの心配もしていないのと同じであり、死ぬ直前の人が、死ぬ前に死にたいと語っていたとしても、人にできることは心配くらいしかなく、もっと身近な人なら経済的援助とか、身の回りのサポートをできたりもするのだろうけど、結局本人を救えるのは本人だけという、どうしてもこんなに冷たい発想が自分から出てくるのか不思議で仕方ないくらいには絶望的な、なんというか壁みたいなものが人間には挟まっているという実感があって、救える、救えないを考えている人間は全員不健康だなどと、ありきたりの通説を信じることよりも、救いたいと思っている自分の気持ちがなんなのだろうと思案する。
例えば、犯罪者のニュースを見た時。普通なら怖いとか、嫌だという拒絶の反応があるのだと思うけれど、私の場合は少し違って、救えたんじゃないか、と思う。これは被害者側に向かった言葉ではなく、犯罪行為を犯した、犯罪者本人に向かっている言葉だ。なにも犯罪を助長しようなどの企みではなくごく自然に、そう思うのだ。自分でも不思議なのだけれど、犯罪者が犯罪者とならなければならなかったその過程に、ある種の必然性を感じてやまないのだ。
好きで犯罪をする人はいないと思う。みんななるべくして、そうなったというどうしようもなさが、犯罪や悪事を働く人には存在していて、それは横領とか窃盗などのあからさまな悪意を持ったものだったとしても、実際には悪意が生まれるまでにはそれなりの葛藤があり、本人の中でクレプトマニア(窃盗症)と真剣に向き合った過去があったり、それこそ小児性愛者だって、自分で自覚して、そうしないように懸命に勤めている人だって居るはずなのだ。だけどそれを世間は、そういう属性を持っているというだけで忌避する。忌避し、排斥しようとする企みは、その行き場の無い気持ちを抱えた人の最後のよりどころまでをあっさりと奪ってしまう。
だから私は、りゅうちぇるにも近しい感情を抱いた。りゅうちぇるは、なにも好き好んでぺこを裏切ったのではなく、そこにはどうしようもない気持ちがあった。セクシャルマイノリティと言う、ほとんど絶望的な世間の無理解に、真剣に向き合おうとした一人の人間のまなざしがあった。私はそう思っていたし、だからこそあんな風に、過去の発言や自分のことに置き換えて非難する人間については、怖いと思った。でも、怖いと思うだけだった。戦ったり、りゅうちぇるの味方をしようなどとは思わなかった。ただ私は、傍観者の身で、その自由な立ち位置をキープしたまま、淡い不幸の味を下の上で味わったに過ぎないのだ。だから、私の感じた寒気というのはそれのことで、私はりゅうちぇるになにもできなかったという無力感ではなく、なにもしなかったという悪意が、確かにあることに自分の中で気が付き、でも既にりゅうちぇるが亡くなってしまったと言う事実に、今更ながら後悔しているのだ。
助けてあげられたんじゃないか、なんて傲慢な姿勢を、私は今でも覆せない。
私はりゅうちぇるの訃報を聞いた後、ほんの少しだけそれを哀しんで、それからすぐに彼と大浴場に行った。湯舟に浸かり、談笑し、隣同士に座ってシャワーを掛け合ったり、露天風呂から夜空を見たりした。私は夜に上の方を見ることができず、理由をいつも聞かれるのだけど、「吸い込まれそうな気がするから」という、よくわからないことを言うだけになってしまって、でも彼はそんな私に可憐さなるものを感じてくれたのだと思う。いつの間にか私たちはりゅうちぇるのことを忘れてしまっていた。
でも、今この文章を書いている私は、再びあの時のことを思い出している。りゅうちぇるになにも出来なかった自分と、それを後悔していると書きながら、私にできることはなかったと、矛盾したことまで書いてしまっている卑怯な立ち位置を、ほんのりと自覚している。しているけれど、私はなんというか、ナイーヴなのだ。何もできないと思ってしまう。彼にも、友達にも、それこそりゅうちぇるや家族にだって、なんにもできないという深い悲しみに包まれることがあるのだ。
それは、後悔だけではなくて、きっとたどたどしい線を利き手じゃない方の手で辿るみたいに不安定で、頼りがない、行き場のない、思いの執着地点なるものが私なのであって、最終的に人は独りなのだと語る母親を見て、不快な思いに浸る。自分が、とりわけ悲劇的なカルマを背負っていたとしても、それは私だけではなくて、あらゆる人が経験する普遍的な痛みであり、それを『重い』とか、『難しい』とあっけなく捨ててしまえる人たちの心持ちが未だにわからないでいる。なぜそんなに、他人事で居られるのか。
「自分は自分でしかないでしょ」
え、意味わかんないと会社の先輩は言った。私が、自分って複数の他者ですよね?と述べたことに対して、会社の先輩ははっきりと無理解を示した。わからないらしい。みんなにはこの感覚が、伝わらないらしい。それは共感覚とか、HSPなどという分類ではもはや説明できないほどの、魂の領域の重なりとでもいうような、神秘的な共通事項なのに、それが他者に伝えられないのだ。私はりゅうちぇるや、少年アヤ、最近ではブリアナギガンテ氏や、マーガレットさん、その他LGBTQ+にカテゴライズされながらも、そこからの逸脱を図る全ての人に、なんらかの重なりを覚えてしまう。これは私自身が、そういう属性を持っているからとか、そんなことでは説明ができないのだ。魂が、重なっているのだと、可能世界におけるパラレルワールドを信じているわけでは当然ないけれど、ないが、ただその可能性について、ないと言い切れてしまうことが私には怖いし、やるせないし、だったらなんでもいいじゃんと思う。生きてても、死んでても、別にいいじゃないかとすら思えてしまうのだ。
それを人は後悔と呼ぶ。後悔という言葉に含まれた、どこかほろ苦い感覚は、もう味わいたくないと思う人の気持ちをあっさりと飛び越え、蹂躙し、服従させるほどの力があり、私はそれに囚われていた。今も、これからも、過去形がただの祈りになってしまうくらいには、後悔の力は恐ろしいのだ。だけど、それを後悔で終わらせたくないなにかが、今の私の中にはある。
男の人が好きだったんだ、とりゅうちぇるがカミングアウトした時に思った。絶対ゲイでしょって、カミングアウトする前から言われていたみたいだったけれど、それでもパートナーですとぺこに対する自信のスタンスをはっきりと伝えてくれていたりゅうちぇるは、私はりゅうちぇるの言葉だけを信じていたし、でもそれに騙されたと思う人たちの気持ちがあったことは、彼らも同様に言葉だけを信じていたんだと思う。
実際、とか本来、とか全部嘘だと思う。本当のところなどなにもなくて、ただ自分が信じたいものを信じるためだけにより深い位置で思索した結果だと言うことを言うためだけの『本当』が私は嫌いで、私自身がそういう言葉をよく使ってしまうし、それが嫌な人の気持ちも同時に流れてきて、行き場がない。やるせない。だけど、だけどなんだろう……これからって気がするのだ。りゅうちぇるの死は、南海キャンディーズの山ちゃんがあれほどの強い哀しみと怒りの表情を浮かべて切実に語ったニュースの読み上げを見て、私は、これからだって思ったのだ。それは復讐の旗を立てようとか、そんなことでは決してなくて、ただ曖昧な、向かうべき方角だけを示すようなコンパスのような磁性によるものだと感じられる。私はそれに導かれたいと思ったのだ。
感情が平熱に戻るまでの十三秒間、私はなにを考えて、なにを感じ取ったのか。彼に背中を摩られて、「大丈夫?」と声を掛けられるまで、旅館の布団の感覚すらも忘れていた私が、この世に戻ってくるそれまで、私の意識はどこにあったのか。それを知りたいし、書きたい。けれど、私の言葉は無力で、りゅうちぇるに対する哀しみも、これっぽっちも伝わらない。伝わらないという絶望的な壁が、ある意味では私を救ってしまっているのだ。こんなの、純粋以外に何と呼ぶのだろう。
誰に対しても好きでいて欲しかったのが、きっとりゅうちぇるなのだと思う。それくらいにりゅうちぇるは、みんなのことが好きな人だった。誰にも、一人にだってきっと嫌われたくなかったんだろうし、そのために自分ができることを全てやろうとしたのだ。本来一人の人間では賄えないくらいの過剰な愛を、そのパワーで、やりきったのだ。だからこそ、思いが反転してりゅうちぇるは追い詰められてしまった。
私は、自分がりゅうちぇるだったとは思わないのだけど、でもりゅうちぇるに神秘的なものを感じていた。それはりゅうちぇるのことを書いた少年アヤだってそうだし、パートナーのぺこだって、そうだったのだろう。愛するということの難しさは、言葉だけで片付けられないことにある。仕事みたいに、言葉だけで成り立つものなら、社会でこんなにも多くの人が死んだりはしない。だけど、言葉の無力さは同時に、可能性の指針でもある。矛盾を描けない言葉だからこそ描ける矛盾、とこれだけで言葉の不器用さが伝わって来るけれど、でも私は言葉を諦めていない。
りゅうちぇるに対する弔いの気持ちだったのか、今はよく思い出せないが、私の中の当時の熱い感情は、今平熱に戻って私の体内を燃やし続けている。